世界最大の斜張橋、多々羅大橋の架かる町、上浦町。しまなみ美術館めぐりの第4回は、明るい瀬戸内の陽光と潮風に包まれたこの町の中央に位置する上浦芸術会館にある村上三島記念館を訪れた。約3,000点の作品が展示されている日本最大規模を誇る書の美術館。その中心となっているのが上浦町出身の日本書道界の重鎮、文化勲章受章者でもある村上三島氏の作品である。
書との出会い
書道家、村上三島。生まれが大三島であり、かつて住んでいたのが大阪府三島郡。三島という雅号はその両方にちなんだものだという。書を始めたのは15歳の時。運動をしていて腰骨を強打し、結核性関節炎という病気になった。そのとき「何か体を使わない仕事を考えろ」と医者にいわれ、中学校の先生の勧めで書を書いたのが書家を志すきっかけとなった。その後20歳過ぎまで漢学の塾に通い、漢詩や漢文を学ぶ一方、さまざまなジャンルの本を手当たりしだいに読破することで、豊かな教養と感性を養った。特に夏目漱石は最も愛読した作家の一人であり、ここに取り上げた調和体(注)の作品も『草枕』の中の一節を書いたものである。
(注) 新聞が読める人なら誰でも読める、漢字、平がな、カタカナの三種の文字からなる日本語の書
書は人なり
昔から「書は人なり」といわれるが、そのことは書を書く人の人柄をその書の中にみるべきだ、と教えているように思える。のびやかで柔らかい雰囲気をもったこの作品は、瀬戸内の空のような明るさと、島の浜辺に打ち寄せる春のさざ波のような温かさ、まさに作者の人柄そのものをあらわしているに違いない。
こころを癒す
普通、書の展覧会といえば隷書(れいしょ)や行書(ぎょうしょ)などの書体を使った漢詩や漢文の作品、また俳句や歌を変体がなで書いた作品ばかり。観ていても、書かれている文字が全く読めないため自分には敷居が高い、と思っている人が意外に多いのではないだろうか(私もその一人)。「文字を読めない」ということが、人々の足枷となり、一般の人を書から遠ざけてしまっている、といっていい。しかし、ここには、この作品のように私達にも十分に理解し鑑賞できる“読める書”が多い。
三島氏は未来の書のあり方についてこう語っている。「書の鑑賞者はさまざまです。書かれている文体が日常会話と同じで内容がわかれば、もやもやした気持ちでいる人に、書が解決のヒントを示唆できることもあるでしょう。書に書かれた楽しい言葉の表現で、喜びを分かち合えることもあるかもしれません。古典的作品ばかりのなかで、読んで楽しい作品が同時に陳列されていたら緊張がとけ、安らかな気持ちで書を鑑賞できるのです。このような意味からこれからは“読める書”を手掛けなければなりません。」
篆(てん)、隷(れい)、楷(かい)、行(ぎょう)、草(そう)、各書体にわたる三島氏の珠玉のような作品の数々。静寂した空気の中、それらの作品には見るものを圧倒する迫力がある。しかしこの調和体の作品には私達の心を癒してくれるような安らぎが感じられる。
線の芸術
三島氏の言葉に「書はほとんどが、白い紙に墨で書くために白い紙にどう黒い線が動くかの結果で決まる。書は線によってあらゆる表情をあらわす芸術である。」とある。私達はその白と黒の調和の中に、本当の書の持つ美しさと崇高さを見つけ出すことができる。そして同時に「読める書」の中に穏やかさを感じることもできる。
ワープロやパソコンの普及によって、文字は「書く」時代から「打つ」時代に変わってしまった。でもたまには「打つ」ことをやめて、ここに来て書のもつ美しさや穏やかさを心ゆくまで楽しんでみてはいかがでしょうか。
(栗田 修平)