上浮穴郡久万高原町は、標高1,982m、西日本最高峰 の石鎚山を有し、“四国の軽井沢”とも呼ばれる有数の山岳観光エリアである。2012年に国道33号の三坂道路が開通し、松山から久万高原町の中心部までの所要時間は車で約30分となった。
今回は久万高原町中心部からさらに車で50分の面河地区にある、石鎚山系の“知る人ぞ知る”自然・景勝地を紹介する。
石鎚山と面河渓の成り立ち
石鎚山は今から1,500万年前の火山活動でできた山である。花こう岩や安山岩などさまざまな岩石類が長年にわたり浸食され、天狗岳や面河渓などで見られる奇岩類のほか、落差100m以上ある御来光の滝や高瀑(西条市)といった滝を形成した。
面河渓の渓谷美
面河渓は明治時代に景勝地として紹介され始め、1933年(昭和8年)に国の名勝地の指定を受け、1955年には石鎚山を中心に面河渓とその一帯が国定公園に指定された。昨年、国定公園指定70周年の記念イベントが開催されたのは記憶に新しい。
五色河原や想思渓、蓬渓といった面河の渓谷美は、白色の花こう岩とエメラルドグリーンの清流、トチやカエデなどの広葉樹類が織りなしている。観光のベストシーズンは秋の紅葉時期といわれるが、近年は7~9月に開催されるキャニオニングの人気も高まりつつある。
渓泉亭・面河茶屋
五色河原の上流にある渓泉亭は、地元の名士・重見丈太郎が1930~31年(昭和5~6 年)頃に建てたといわれ、2001年までは宿泊施設として使われていた。現在は久万高原町の所有・管理となっているが、建物の老朽化が進んでいるそうだ。 外観と玄関ホールなどは洋風、内部・客室は和室という和洋折衷の特徴を持ち、今後の活用に期待がかかる。なお、建て増しされた食堂部分は、面河茶屋として 営業しており、近年のサイクリングブームで、サイクリストも訪れるそうだ。
面河山岳博物館
面河渓の入口・関門にある面河山岳博物館は1991年に開館し、石鎚山や面河渓の自然、歴 史、山岳信仰などについて、石鎚山のパノラマ模型や動植物の標本などを使って紹介している。また、博物館から見下ろす関門の渓谷美も見どころの1つであ る。なお、事前に予約すれば、学芸員による展示の解説や団体向けの面河渓ガイドも実施している、とのことだ。
毎年、夏季の特別展は個性的なテーマが多く、今年の夏は「危険生物~悪者たちの真実~」と題して開かれた。両生類や爬虫類、昆虫などの危険生物のうち、特に身近な種類にスポットを当て、生態や見分け方、被害を防ぐ方法などが展示された。
四国最後の秘境・大成
これまで紹介した観光地は、面河の“定番”の観光拠点であり、訪れたことのある方も多いだろう。いよいよ“知る人ぞ知る”観光地を紹介する。
国道494号を面河ダム・黒森峠方面に向け、役場の面河支所を過ぎてしばらくすると、割石川に架かる橋の右側に「四国最後の秘境 大成」と書かれた看板が 目に入る。ここから坂瀬川沿いに約10分、車で山道を走ると、標高1,000m前後の高地にある大成集落に着く。ここは、戦国時代の1600年(慶長5 年)に、伊予河野家の武将、源直清が家臣を率いてこの地を拓いたといわれる天空の郷だ。
ちょっと寄り道
旧大西旅館:割石川沿い、大成入口にある木造3階建ての古い建物。看板はあるが今は営業していない。特に文化財にも指定されていないが、趣のある折れ曲がった建築が特徴的で観光資源としての価値もありそう。
大成の風穴群
風穴と は岩塊の隙間にある空気が地表に吹き出している部分(穴)のことで、愛媛では、松山からのアクセスが良い東温市上林の風穴が知られている。大成の風穴は “風穴群”というように、斜面に岩石が堆積した隙間から冷風・温風が吹き出る風穴が複数あって、比較的規模も大きいのが特徴だ。それぞれ岩の塊の中で空気 が流動しているとされ、年間通して冷風穴からは約4℃、温風穴からは約16℃の風が吹き出している。
さて、車道の終点に車を停め、案内看板に沿って5分ほど苔の生えた山道を歩くと、風穴群にたどり着く。取材時は雨天だったが、晴れていても滑りやすく、歩きやすい靴で訪れるのがよさそうだ。
冷風を吹き出す風穴は天然の冷蔵庫で、1900年(明治33年)頃から、上浮穴郡農会が蚕 種紙(蚕の卵が産み付けられた紙)の保存所として利用していた。今は、1912年(明治45年)当時の状態に復元された「第1号蚕種蔵庫」がある。温風穴 の近くには「第2号蚕種蔵庫跡」があり、こちらは当時2階建てで、2階は事務所として利用されたそうだが、足場が悪くて近寄り難い。
久万高原町のホームページで、「冷蔵庫級体験(3℃)」と紹介されているように、この天然 冷蔵庫・風穴の中には入ることが可能だ。暑い時期には是非訪れたいが、内部は明かりがないのでライトが必須となる。また、しばらく入っていたい方は上着・ 防寒具もお忘れなく。ちなみに下の写真は、スマートフォンに付いているライトを片手にデジタルカメラで撮影したのだが、石積みの隙間からくる冷気と湿気で レンズが曇ってしまい、撮影にはかなり難儀した。
ヒメボタル群棲地
大成風穴群の一帯は、日本有数の規模を誇るヒメボタルの群棲地として知られる。ホタルとい えば清流、観察時期は6月というイメージだが、ヒメボタルは陸生で森林の中に生息している。ゲンジボタルに比べるとヒメボタルの光は弱く、日没後点滅する ように光を放つ。7月初旬から観察でき、中旬がピークとなる。最近は遠方からの観察・撮影者も増えているそうだが、鑑賞マナーを守って神秘を楽しみたい。
初瀬の柱
大成集落にある「初瀬の桂」は株樹齢が約1,000年と推定されている県指定の天然記念物 のカツラの木だ。株周り29.5m、高さ46.64mと日本最大級を誇り、地元では「日本一のカツラ」と呼ぶ人もいるそうだ。初瀬とは、当地にゆかりのあ る初次という人の「初」と大成集落の下を流れる坂瀬川の「瀬」をとって名付けられたそうだ。
おわりに
10月上旬に石鎚山頂からスタートする紅葉は、10月下旬~11月上旬にかけて面河渓で見ごろとなり、1年で最も賑わう時期となる。
一方、“知る人ぞ知る”面河の名所・大成には、新緑から夏の時期に、風穴の涼を求めて訪れるのがオススメだ。
(新藤 博之)
注意
・大成入口(渋草)から大成までの道路は舗装されているが、道幅は非常に狭く、
離合が困難な場所もあるため、運転には十分に注意が必要です。
・風穴群やヒメボタルの群棲地、初瀬の桂は私有地にあり、訪問・見学に際しては、
節度ある行動をお願いします。
問い合わせ先
・久万高原町企画観光課(電話:0892-21-1111)
・面河山岳博物館(電話:0892-58-2130)
参考文献・資料
・石鎚山系自然観察入門(森川國康・1995年)
・大成の自然と人文(長岡悟・1992年)
・地形図でめぐる愛媛の地理探訪(愛媛県高教研社会部会地理部門・1985年)
・面河山岳博物館これまでの歩み(面河山岳博物館・2015年)
・久万高原町ホームページ
調査月報「IRC Monthly」
2016年9月号 掲載