グリーンツーリズムは、我が国で取り組みが始まって15年程たち、全国的な広がりを見せている。今回はグリーンツーリズムの西の横綱と称される大分県宇佐市安心院町の取り組みを紹介したい。
グリーンツーリズムとは
グリーンツーリズムは、ヨーロッパではルーラルツーリズム、アグリツーリズムとも呼ば れ、農山漁村で過ごす余暇活動とも訳される。都市住民が農家に泊まったり、農業体験をしたりするなど、農村地域の文化や住民との交流を楽しむ余暇活動であ り、農村地域の環境保全や所得向上を意図したものでもある。
我が国では、平成4年に農林水産省が初めて政策課題として取り上げ、平成5年度には モデル事業を実施し、全国に広がった。当初は、特に農村の女性がドイツやフランスの農村を訪問し、地元の女性が運営している農家民宿などを見るという海外 視察が広く行われた。その結果、グリーンツーリズムの主役は農村の女性であることや、新築などの大きな投資をせずに古くからの農家や隠居所などを使った、 身の丈サイズでできる農村観光があるということが次第に全国に知れ渡ったようだ。
平成8年に安心院町グリーンツーリズム研究会が発足
安心院町は農業、とりわけぶどう生産が盛んであったが、かつて400戸程あったぶどう専 業農家は半減し、米作農家も相次ぐ米価の切り下げによる収入減少にあえいでいた。そうした中で、平成4年頃からグリーンツーリズムに関心を持つようにな り、農業を補う産業として期待が高まってきた。
平成8年には約80名の会員で「安心院町グリーンツーリズム研究会」が立ち上がった。研究会で は、今後5年間を見据えた活動計画を決め、年毎に「安心院町の再発見」、「グリーンツーリズムの具体的手法の検討」、「モデル的な農村民泊の開始」、「対 外的アピールの実施」、そし て5年目に「町全体のグリーンツーリズムの始動」を目指すこととした。この間、先進地ヨーロッパへの「農村休暇体験ツアー」を企画し、毎年約10人ずつ5 年間で約50人を派遣することとした。
安心院方式の「農泊」がスタート
研究会の当初計画では、3年目に農村民泊(以下、農泊)を開始するとしていたが、研究会 発足の年の秋、8戸の農家が、ワイン祭りに合わせて実験的に農泊を行った。その方法は、「会員制農村民泊」といわれる方式であった。通常、宿泊施設は旅館 業法や食品衛生法に基づき、最低限の広さや専用の調理場等が必要となる。しかし、そのような設備を整えるためには多額の投資が必要となり、農家にそれだけ の負担を求めることは難しい。そこで、あるがままの農家を利用するヨーロッパ方式を学んだ研究会は、法の適用を避けるため宿泊客を会員制とし、家屋の改修 などを行わず普通の家で営業することとした。この方法が安心院方式「農村民泊」と呼ばれた。
農村民泊の約束事-地域から愛され継続しやすい農泊とは-
- 農家民宿ではなく、農村民泊・副業の域を出ない
- 交流がメイン(人が最も重要な資源)
- 基本はB&B(Bed & Breakfast)
- 空いている部屋で行う
- 1日1組しか泊めない
- 忙しい時は断る
- 16家庭を1軒として活動する
- インターネットでは個人の宣伝をしない
- 料理は共同で用意
- 足ではなく、手を引っ張り合う運動
一度泊まったら遠い親戚、10回泊まったら本当の親戚
(NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会資料より抜粋)
平成14年大分県が画期的な規制緩和を実施
安心院町は平成9年に「グリーンツーリズム宣言」を行い、翌年、全国で初めてグリーンツーリズム推進係を置くなど、民間主導で始まった取り組みに対する支援体制を整えた。
このように、安心院町のグリーンツーリズムは民間と行政の連携により推進されたが、大分県としては農泊の利用者が増えるにつれて、いつまでも農泊の許可を 曖昧なままに放って置くわけにはいかなくなった。そこで、県は折からの規制緩和と地方分権の追い風を受けて、平成14年3月に安心院の農泊を旅館業法の営 業許可対象とし、併せて、食品衛生法の客専用の調理場を不要とするなどの取扱通知を出した。この通知は全国の注目を集め、翌年には国の扱いも変えるきっか けとなった。
親戚の笑顔が迎えてくれた
今回の取材では、実際に農泊することができた。泊まったのは「百年乃家ときえだ」邸で、明治中頃に建てられたというどっしりとしたたたずまいの農家であった。
農泊の世話をする時枝仁子(まさこ)さんは、笑顔の素敵な奥さんで、親戚のような温かさで迎えていただいた。仁子さんは研究会発足当初からのメンバーでも あり、地域の農家と同じように農業収入の減少に悩み、研究会で農泊を勉強し実施を決意した。しかし、姑の許しを得られるものか自信がなく、農泊を行うこと を、お客が泊まる前日まで言わなかったそうである。ところが、初めて泊まったお客が漬物のおいしさに驚き、おばあちゃんの漬物作りの話を身を乗り出して聞 こうとする姿に、おばあちゃんが感激したそうだ。反対するかと思ったおばあちゃんが進んで農泊の世話を担当し、なんと海外視察第1号の1人にもなったとの ことである。
農泊の特徴の1つに、客と家族が共に夕食を楽しむことがあげられる。仁子さんのご主人と採れたての野菜や川魚料理をいただき、お話 を伺っているとまさに親戚にお邪魔した感覚そのものであった。また、安心院の農泊では入浴は家庭用の風呂を使用せず、地区にある温泉を利用している。温泉 はふるさと創生事業で掘られ、町内4カ所にある。農家にとっては、最も投資負担の大きい風呂の改修を行わなくて済み、宿泊者にとっても広い温泉で地元の方 との交流を楽しめるといった利点がある。取材時に訪れた温泉では、湯船で地元のお年寄りから地域のことをいろいろと伺うことができた。
体験学習・修学旅行の引き合いが増加
農泊の客は、大きく一般客と体験学習・修学旅行生に分かれる。一般客は近県から、ワイン 祭などのイベントと併せての利用が多かったが、安心院の取り組みがクローズアップされるにつれて、関東や関西からの客が増えた。また、安心院グリーンツー リズムを学ぼうと全国各地からの視察も相次ぎ、そうした視察者が利用するケースも多い。
体験学習・修学旅行は、平成12年の大分商業高校の受け入れを皮切りに、以後、徐々に増え続け、18年度には32校を数えるまでになっている。特に、北九州市からの受け入れが多く、一度体験した先生が転勤後も同じように利用するケースもある。
受け入れ窓口は、一般客は直接農家や研究会事務局が、体験学習・修学旅行は安心院町(現宇佐市)が行っていたが、体験学習・修学旅行については全国で初めて(財)日本修学旅行協会と提携し、平成20年度からは、すべて同協会が窓口となる予定である。
宇佐市となり山から海に拡大
さて、安心院グリーンツーリズムを支えてきた安心院町は、平成17年3月の市町村合併によ り、宇佐市の一部となった。宇佐市になったことで行政との一体感が薄くなるのではないかと心配されたが、宇佐市は引き続いて産業課にグリーンツーリズム推 進係を置き、平成18年には新市議会にて「グリーンツーリズム宣言」が採択されるなど、支援体制は弱まってはいない。
市域が広くなり、特に海浜部にも広がったことから、市では石干見(いしひみ)と呼ばれる漁法を復活させるなど、山から海にまでツーリズムを広げる構想を練っている。
活動維持のための経済基盤確立が急がれる
安心院町グリーンツーリズム研究会は平成16年にNPO法人化した。また、同研究会は平成14年に発足し、平成16年にNPO法人となった大分県グリーンツーリズム研究会の事務局も引き受けている。
事務局員の植田さんは、学生時代に安心院町グリーンツーリズムを研究テーマとして取り組み、研究会メンバーから是非にと請われて平成16年から事務局入りしている。
農泊やイベントを合わせた入込客数が平成18年度には1万2千人に増えるなど、順調に拡 大している安心院グリーンツーリズムであるが、気がかりなのは事務局を支える経済的な基盤である。受入客数が増え、研究会組織も大きくなるにつれ、事務局 の仕事量は急増しているものの、経営基盤は万全とはいえない。というのも事務局の経費は会員からの会費収入と行政からの補助によって賄われているが、行政 の補助がいつまでも続くとは限らないためである。研究会では事務局を維持するために平成19年度から体験学習の料金を引き上げ、その一部を事務局経費に充 てるなど、会費以外の事業収入を増やすことで、事務局を維持しようとしている。民間主導で取り組まれてきただけに、安易に行政に頼るのではなく、民間の英 知で研究会が継続して成り立つ経済的な基盤の確立が望まれる。
全国に「本当の親戚」を増やしつづけてほしい
全国的なグリーンツーリズムの広がりの中で、愛媛県内でもしまなみ海道沿線を始め、内子町、久万高原町、伊方町、愛南町の各地で研究会が立ち上がっている。安心院町へは愛媛からも多くの視察者が訪れ、安心院の進取の精神や安心院方式を学んでいる。
そうした安心院を手本とする地域が増える中で、安心院グリーンツーリズムは常に先を行く存在であり続けてほしいものである。そして、時枝さん達会員の笑顔で全国に安心院の「本当の親戚」が増え続けることを心から期待したい。
(黒田 明良)