近年、九州北部に大手自動車メーカーや関連部品メーカーなどが相次いで立地している。これらの自動車産業の集積は、地元の経済や産業に大きな影響を及ぼしている。
今回は、ダイハツ工業の進出によって、活気づく中津市の状況をレポートする。
メーカーの九州進出の状況
NECやソニーなど日本を代表する半導体メーカーが集積した九州は、「シリコンアイランド」と呼ばれていた。
その後、昭和51年に福岡県に進出していた「日産」に加え、「トヨタ」、「ダイハツ」が進出、これを機に、それらを支える部品メーカー等も集積してきた。現在では、「カーアイランド」と呼ばれるまでになっている。
九州経済産業局の調べによると、九州の工場立地件数は平成15年から右肩上がりに増加し、平成19年は213件にものぼった。県別で見ると、最も多かった のは、福岡の71件で、熊本(37件)、大分(28件)がこれに次いでいる。ちなみに、自動車関連は前年比1件増加の46件で、福岡を中心に引き続き好調 に推移している。
工場立地の増加に比例し、九州地域の自動車生産台数も伸びている。平成19年には前年より約7万台多い108万台となり、2年 連続で100万台を突破した。さらに、昨年12月にダイハツ九州第2工場が稼動、トヨタ自動車九州苅田工場もラインを増設したことから、年産150万台達 成は目前である。
九州の自動車生産台数と全国シェア
大手自動車メーカーの九州北部地域への進出状況
メーカー | 操業開始 | 生産能力 | |
---|---|---|---|
ダイハツ | ダイハツ九州(株) 大分(中津)工場 (大分県中津市) | H16年12月 | 23万台 →H20年46万台 |
同久留米(エンジン)工場 (福岡県久留米市) | H20年8月 (予定) | 20万基 | |
トヨタ | トヨタ自動車九州(株) 宮田工場 (福岡県宮田市) | H4年12月 | 43万台 |
同苅田(エンジン)工場 (福岡県刈田町) | H17年12月 | 22万基 →H20年44万基 | |
同小倉(ハイブリット部品)工場 (福岡県北九州市) | H20年夏 (予定) | - | |
日産 | 日産自動車(株)九州工場 (福岡県苅田町) | S51年12月 | 53万台 |
日産車体九州(株) (福岡県苅田町) | H21年初旬 | H21年12万台 |
資料:九州自動車産業振興連携会議パンフレットよりIRC作成
今夏にはダイハツ九州の久留米工場とトヨタ自動車九州の小倉工場が、来年には日産車体九 州の工場が操業開始を予定しているなど、九州は今後も自動車の生産拠点としての集積が進む見通しである。これらの地域では、地元の経済や産業に様々な波及 効果をもたらしているが、以下では、昨年12月にダイハツ九州第2工場が操業を開始した中津市の事例を紹介する。
大分県中津市の概要
中津市は大分県の西北端に位置し、東は宇佐市、南西は日田市、北西は福岡県に接し、北東は周防灘に面している。人口は約8万6千人、大分市、別府市に次ぐ大分第3の都市で、福沢諭吉の旧居や耶馬渓などで有名な観光都市である。
農村地域工業等導入促進法により、中津市が工業導入地区に指定され、税制面での優位性ができたことで、ダイハツ工業が平成3年に進出を表明、平成16年 12月に現地で操業を開始した。自動車産業は多くの業種が関連する非常に裾野の広い産業であり、地場企業にとっても大きなビジネスチャンスを迎えることと なった。
メーカーと一体となった取り組み
世界規模での生産・競争を続ける大手自動車メーカーや一次部品メーカーとの取引を目論む場合、高い技術を求められることは言うまでもない。当然ながら、QCD(注)への対応力向上やIT化への対応等の課題もある。しかしながら、地場の中小企業にとって、世界レベルの品質を達成することは容易ではない。
(注) | QCDとはQUALITY(品質)、COST(費用)、DELIVERY(納期)の略。 製造業において重要とされる要素 |
このような課題に対応すべく、平成18年2月、大分県が主体となって、トヨタ等完成車メーカーや一次部品メーカーなども加わり、「大分県自動車関連企業会」を設立した。
企業会においては、部品メーカー工場や部品展示場の視察のほか、一次部品メーカーと地場企業との商談会などを行っている。また、人材育成事業として、完成車メーカーや一次部品メーカーの技術者から直接現場で指導・研修を受けたり、現場改善セミナーを開催したりしている。
なお、企業会設立と併せて策定した「大分県自動車関連産業振興プログラム」は、既に自動車関連産業へ参入している企業・今後参入を目指す企業それぞれが有 する課題の解決を目指している。具体的には、取引機会増加のためのビジネスマッチングの開催や、低利での資金調達のための県制度融資の整備などを検討している。
環境に優しい最新鋭の工場
中津市の東部、中津港近くに広がるダイハツ九州大分(中津)工場。東京ドーム約27個分の敷地には、2つの最新鋭工場があり、約2,800名が働いている。第2工場では、第1工場の半分の面積で同じ台数の生産が可能だ。2つの工場合わせて年間46万台を生産できる。
高さ3メートルの防音土塁に囲まれた工場は、遠目には公園か研究施設を思わせるほど緑豊かで静かだ。工場内部も想像していたほどの騒音もなく、コンピュータで制御された機械が次々にクルマを完成させていく。
企業会の会員は、平成18年2月設立時は80社であったが、平成20年6月時点では120社に増加した。また、企業会の会員のうち、自動車産業と関わりのある企業は、設立当初は39社にとどまっていたものの、現在では87社にまで増加している。
異業種からの参入事例としては、自転車部品等の機械加工で実績を積んだ量産技術を活かし、自動車金属部品の切削加工を行っている企業や、基盤技術産業へ新規参入し、自動車部品装飾用のメッキを行っている、地場企業が共同出資した企業などがある。
大分県自動車関連企業会企業数
地元に及ぼす影響
ダイハツ九州の進出によって、中津市はどのように変わったのだろうか。
ハード 面の大きな変化としては、アパートやビジネスホテルの建設ラッシュがあげられる。工場には多くの若手従業員が働いており、彼らが居住するワンルームアパー トが市内のあちらこちらで建設された。加えて、自動車工場の工事関係者や取引先などが宿泊するビジネスホテルも、相次いで開業している。ダイハツ九州の 進出以降、中津市内のビジネスホテルの稼働率は高くなっており、平日の予約が取りにくい状況である。
一方、インフラ整備も進んでいる。本年度、市を東西に走る幹線道路と工場を結ぶ南北の道路3本が開通予定で、これにより渋滞の解消が見込まれている。
中津市が選定された理由として、中津港の存在も大きい。中津港は平成11年に重要港湾の指定を受け、その後も整備を継続、平成18年にはポート・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。平成19年末からは、直接ヨーロッパへ完成車が輸出されている。
中津港取扱貨物量推移
中津地域の人口・世帯数推移
また、工場の進出等により、最近4年間で、中津地域の人口は1,300人、世帯数も1,718世帯増加した。
人口が増加したことで、地元の商店街・大規模小売店の売上増加を期待したいところであるが、現在のところ目立った動きはないようだ。特に若者達は、休日には福岡等の都市圏へ出かけているようで、今後、若者達が休日を楽しんで過ごせるような工夫が必要だろう。
より協力な支援へ
このように、「大分県自動車関連企業会」の活動は一定の成果はみられたものの、やはり世 界水準の要求に応えることは容易ではない。今年度はさらにステップアップするために、プロジェクトチームを設置し、ダイハツ九州からも人材の応援を得た。 支援対象を絞り込み、より具体的な参入計画の策定や取引を前提とした技術指導、ダイハツ九州・トヨタグループとのコネクションを活用したマッチング等を行 うこととしている。中小企業自身では取り組みがなかなか難しいが、県や企業会が側面から強力に支援することにより参入機会を増やそうとする試みである。
世界品質を目指して
原油価格高騰が続く中で、輸送費等の削減の観点から、メーカーは地元調達率の向上に積極 的である。そして、行政も地場企業の取引拡大を図るため、強力な支援態勢を敷いている。こうした環境の中、「参入は今が最大のチャンス、重要なのは企業自 身のやる気である」と県の担当者は話す。今こそ、地場企業にはメーカーと一緒になって世界品質を目指す強い意志が必要だ。また、既に一部地域では人材が不 足気味となっているが、こうした問題をいかにクリアし、九州の自動車産業がどう発展していくのか、注目していきたい。
(菊池 聖)