成熟社会の日本にあって、文化芸術振興は、成長の源泉であり、まちづくりや産業・観光など周辺領域への波及効果も期待できる分野である。
博物館法に定められた美術博物館及び美術博物館類似施設の数は、全国で1,100ヵ所近くにのぼり、その入館者数は年々増加傾向にある。
そうしたなか、大分県では、老朽化に伴い昨年閉館された「県立芸術会館」に代わる施設として、新しく県立美術館が4月24日にオープンし、話題となっている。
さらに、JR大分駅のターミナルビルもリニューアルし、大分市中心部はにぎわいを増している。
大分県立美術館OPAMの概要
開館日の前日、プレス向けの内覧会が開催され、多数の関係者が集まった。
大分県立美術館のコンセプトは次の4点である。
建物の設計は、世界的に活躍する建築家で、昨年プリツカー賞受賞にも輝いた坂茂氏が手掛けている。総工費は約80億円で、建設は、鹿島建設と地場建設大手の梅林建設のジョイント・ベンチャーが担った。
ガラス張り3階建ての四角い建物だが、ガラスの内側に県産木材で形作られた斜交いの構造物が透けて見えるせいか、シンプルながらも、どこか温かみを感じる建物である。これは大分の伝統工芸である竹細工をイメージしている。
展示部分の面積は3,891m2で、県立芸術会館の3倍に広がった。アトリエや研修室もあり、県民の芸術教育にも活用される。また、ミュージアムショップやカフェ、読書スペースなどもあり、ぶらりと訪れて静かなひと時を過ごせそうな空間である。
入口横には螺旋状の外階段と、この美術館の愛称である「OPAM(Oita Prefectural Art Museum)のロゴのオブジェが配置されている。この建物自体が美しい芸術作品のひとつであることを実感する。
また、道路を隔てた向かいにある「iichiko 総合文化センター」とは、ペデストリアンデッキ(屋根付きの歩道橋)で往来が可能で、美術館周辺が舞台芸術や音楽なども含めた総合的な芸術の拠点となることが期待される。
さまざまなアートに触れられる館内
館内には、大分県を象徴するような芸術作品が置かれ、自由に触れることができる。
入口を入ってまず目を引くのが、バルーン状のカラフルなオブジェ。本美術館の館長新見隆氏 が、「世界の優れたデザイナーを3人挙げるとしたら、必ずこの人が入る」と強調するオランダのマルセル・ワンダース氏の作品「ユーラシアン・ガーデン・ス ピリット」である。バルーンに描かれているのは世界の花だが、全体を見ると顔のようにも見える。これは、実は頭骸骨でもある。頭蓋骨は17世紀オランダの 静物画に好んで描かれたモチーフであり、人間の死すべき定めの比喩でもあると言う。
1階アトリウムのカフェ上空には、天井から吊るされた須藤玲 子氏の作品「ユーラシアの庭『水分峠の水草』」が柔らかい光を放っている。素材は、水と温度そして時間の経過によって、自然に還る素材が使われており、水 の流れや水草、自然の循環といったことがテーマになっている。
オランダと日本のアーティストにより紡ぎ出されたこの空間は、400年前にオランダの商船「リーフデ号」が臼杵に漂着したことに始まる、「大分とオランダの出会い」にもつながっている。
須藤氏の作品の下を通り、1階アトリウムを奥へと 進むと、大分の文化風土をテーマにした、ミヤケマイ氏のインスタレーション※「大分観光壁」が構成されている。大分の切子灯籠や大和絵巻といった伝統的なモチーフが織り込まれるとともに、現代社会へのさまざまなメッセージが込められた作品となっている。
※展示空間全体を使った三次元的な芸術表現
3階ロビーには、「天庭」 と名付けられた、ガラスに囲まれた空間がある。ここは、現代工芸作家3人の陶芸やガラス工芸が配置されたインスタレーションとなっている。天井には、外壁 にみられた竹工芸をイメージした木の意匠が施され、一部が楕円形にくりぬかれている。天井がかたち作る光と影も作品の一部となり、時間による変化も楽しめる。
教育普及における役割
2階には、芸術教育普及のために活用されるアトリエや研修室・読書スペースなどがある。子 どもから高齢者まで全ての年齢層の県民と一緒に成長する美術館を目指しており、こういったスペースを利用しての各種ワークショップや、美術館の外へ出て行 うプログラムも用意されている。
鑑賞するだけでなく、いろいろな角度からアートを「体験できる」というのが最近の美術館のトレンドのようだ。こういった空間で時間を過ごすことによって、豊かな感性が育まれ、将来、大分の地から偉大なアーティストを生み出すことにつながるのかもしれない。
期待される独自の企画展
大分県立美術館では、年4回程度の企画展を実施する予定とのことだ。現在は、開館記念展 「モダン百花繚乱『大分世界美術館』-大分が世界に出会う、世界が大分に驚く『傑作名品200選』」が開催されている。大分出身の日本画家・福田平八郎の 「水」とクロード・モネの「睡蓮」が並んで展示されるなど、国内外の名品の出会いをテーマにしたオリジナルの企画展示となっている。
新見館長は、「巡回展の受け皿にはならない。大分から情報発信し、東京へ攻めていく」という趣旨の発言をしている。
地方の美術館、特にメジャーな作品をあまり持たない公設の美術館では、所蔵品だけで集客することが難しい。マスコミなど企業の協賛を得て、国内の美術館を 巡回する企画展を誘致することで、入館料収入を得ている美術館が多い。各国の名作を鑑賞する機会を市民に与えることはもちろん意義深いことだが、せっかく の所蔵品を十分活用できていない面があるのは否めない。
そういった意味でも、新見館長の言う「地方の美術館からの情報発信」として、今後どのような企画が生み出されるかは、非常に興味深いところである。
新しい美術館は確かに輝いている。翻って愛媛県美術館はどうだろう。開館から15年近く経 ち、最新トレンドの美術館と比べると、やや古びた感じは否めないが、優れている点も多いと思う。なによりもそのロケーションだ。県都松山市の中心部にあ り、松山城の美しい石垣を間近に見られる。競輪場が移転した跡の堀之内公園の広々とした緑の空間と一体的に楽しめるし、図書館や市民会館といった施設も隣 接して、まさに文化の拠点と呼ぶにふさわしい場所である。
しかし、現在はその拠点性を十分に活かしきれていない気がする。それが残念である。
JR大分駅もリニューアル
さて、大分県立美術館に先立ち、4月16日にはJR大分駅のターミナルビルがリニューアルオープンした。
この「JRおおいたシティ」は、ショッピングモール、シネマコンプレックス、ホテル、温浴施設、食品スーパー、特産品市場などにより構成されている。以前の「昭和」の雰囲気を残した駅ビルからは想像もつかない、明るくハイセンスなターミナルへの変貌は、驚きであった。
駅の北口は、レンガをイメージした外壁で、これは、大分市のシンボル的な建物である「レンガ館」からインスピレーションを得たものであるという。また、駅構内の天井は、ウォルナットの木張りで、家紋のように金箔の鶏のマークが描かれている。
ユニークなのが、8階に設置された屋上庭園である。野菜や花を植えた畑、七福神を祀ったお堂や鉄道神社が配置されている。その広場をミニトレインが一周するという、遊び心にあふれた空間になっている。
このビルの総合デザインは、JR九州のバラエティに富んだ車両のデザインで知られる水戸岡 鋭治氏の手による。おおいたシティを訪れた日、屋上庭園で水戸岡氏に遭遇するという幸運に恵まれた。水戸岡氏は、ご自身のアイディアを現実の形にするJR 九州の英断に対する敬意と感謝を口にされた。次々と繰り出されるJR九州の新しい一手は、大分市のみならず、九州全体のイメージアップにもつながっていき そうだ。九州を旅する楽しみがまた1つ増えたのではないだろうか。
また、ご自身が手掛けられた「宗麟館」 について、「地方銀行の新しい姿があるからぜひご覧ください」と言及された。ここには大分銀行ソーリン支店のほか、大銀経済経営研究所などの関連会社が入 居するとともに、カフェやイベントスペース、Wi-Fi環境なども備わり、市民や観光客が立ち寄れる場所になっている。
宗麟館のある駅の南側 は、これまで鉄道で南北が分断されていたため開発が進んでいなかったが、今回、駅周辺の連続立体交差化とともに、道路整備や土地区画整理事業も行われた。 北側に比べ車も人通りも少なく静かな南口周辺には新しいマンションが建ち、まちなか居住の利便性も備えた快適な住環境のように思えた。駅から南へ延びるシ ンボルロード「いこいの道」は、広々とした芝生の広場になっている。駅至近の一等地を、広場として使うところに、このまちの豊かさが表れているようにも思 えた。
(上甲 いづみ)