-国際学術文化温泉都市を目指す別府の取組み-
豊かな海に抱かれ、毎年1,100万人以上の観光客が訪れる日本屈指の観光温泉都市、別府。市の東側は波静かな別府湾に面し、西側には十文字高原、城島高原、鶴見岳などの山々が美しい景観を形づくっている。このような大自然に囲まれ、古くから湯治場として華々しく栄えてきた別府温泉も、近年は長引く不況の影響と海外を含めた観光地間競争の激化などから、他の温泉地同様苦戦を強いられている。今回の西日本レポートでは、別府市の基幹産業である観光業の活性化に向けたユニークな取組みを紹介しよう。
別府八湯が形成する「温泉合衆国」
源泉数2,848孔、一日の湧出量136,571kl。いずれも日本一の規模を誇る別府温泉郷。泉質も変化に富んでおり、酸性、硫黄、食塩、鉄など地球上にある11種類の泉質中、10種類がここにはある。また、市内にはそれぞれ特色を持った個性豊かな温泉地が随所に点在している。その中でも特に湧出量の多い別府温泉、観海寺温泉、浜脇温泉、堀田温泉、明礬(みょうばん)温泉、鉄輪(かんなわ)温泉、柴石温泉、亀川温泉の8ヶ所は「別府八湯」と呼ばれ、訪れる観光客や市民に親しまれている。山間の渓谷に沿った秘湯的な雰囲気が漂う「柴石温泉」、海抜150メートルの高台に大型レジャーホテルが連立するレジャーの殿堂「観海寺温泉」、地獄めぐりが有名で白い湯煙がもうもうと立ち上る情緒豊かな「鉄輪温泉」といったようにそれぞれが独特の風情を持ち、「温泉合衆国」を形成している。
温泉88ヶ所めぐりで温泉道を極める!!
平成11年の別府市観光動態要覧(別府市観光経済部観光課)による別府市の観光客推移をみると、日帰り客数は平成5年以降若干ではあるが増加傾向にあるのに対し、宿泊客数はほぼ横ばいで伸び悩んでいる。こうした中、できるだけ長期間市内に滞在してもらい、一つでも多くの温泉に入って別府温泉の魅力を知ってもらおうと業界団体や市民の手によって様々な取組みがなされている。その一つが今年、別府市旅館組合と一部の市民などによって企画された「四国霊場88ヶ所」ならぬ「別府温泉88ヶ所」めぐり。別府八湯には、入湯料のかかる温泉が400余りあるが、その中でも湯質、立地、雰囲気などにこだわって選定された88ヶ所の温泉を一つ一つ巡り、それぞれに備え付けの入浴記念印を市内のコンビニなどで販売されている『別府八湯 温泉本』付録スパポートに押していく。巡った温泉数によってそれぞれ段位が認定され、見事88ヶ所を制覇?すれば「別府温泉八湯温泉道 名人」となり、別府温泉のシンボル「竹瓦温泉」の2階に開設される「温泉殿堂」に肖像写真が永年展示される。また、市内約30の旅館ホテル等で利用できる無料入浴券の発行といった優遇措置も受けられる。同組合では、観光客のリピーター確保はもちろん、長期滞在型温泉保養地として別府をPRするための有効なツールとしておおいに期待している。
別府市における観光客推移
“美容と健康”づくりは温泉療法で!
長期滞在型の温泉保養地の実現に向けた動きは他にもある。温泉資源を新しい形で現代医療と結びつけ、独自の新しい滞在スタイルをつくることを目的として設立された「別府ONSEN地療法研究会」もその一つ。別府市医師会や別府市旅館組合および大分県中央保健所などが参画し、行政と民間が一体となって温泉と医療の研究に邁進している。昨年は「別府ONSEN地療法健康づくり塾」と称して、“健康”と“美容”づくりをテーマとした長期滞在プランを提案。糖尿病などの生活習慣病を持つ人や少し太り気味の人などを対象に血液検査などのメディカルチェックや効果的な入浴方法の講義、砂湯や泥湯への体験入浴など趣向を凝らした企画と温泉旅館の宿泊をパックにしたプランで、参加者を大満足させた、という。今後はお客様の体調や好みにあった温泉地や温泉療法をアドバイスする「温泉利用指導員」の養成にも力を入れていく方針。かつて湯治場として栄えてきた別府温泉がこうした新しい手法で「現代版の湯治場」として生まれ変わろうとしている。
街歩きで別府八湯の魅力を再発見
別府観光を盛り上げようとする市民の活動も盛んだ。一般市民が組織している地域活性化グループ「別府八湯竹瓦倶楽部」では平成11年夏から毎週日曜日に街歩きツアー「別府八湯ウォーク」を実施している。温泉に入った後、地元市民のボランティアガイドの案内に従い、市民と観光客が一緒になって幾つかのウォーキングコースを散策する、というもの。コースは「竹瓦界隈のレトロな路地裏散歩」や「観海寺温泉の史跡浪漫街道」などそれぞれの地域の特性を生かしバラエティに富んでいる。観光の活性化がこうした市民の手によっても活発に行われている。
の由来をご存知ですか?
温泉マークにはいくつかの由来がありますが、全国的にそれを広めたのは愛媛県出身で別府観光の祖、油屋熊八翁であると言われています。明治44年に愛媛から別府に移り住み、温泉旅館を経営した油屋熊八翁は創業20周年の記念企画として、全国から大きな人の手形を集めていたところ、その中に完全に写っていないものがあって、その形が温泉から昇る湯気のようにみえたことから、それ以降温泉のトレードマークとして別府観光のPRに利用した、と言われています。ちなみに、別府市中心部に位置する別府公園の中には「油屋熊八の碑」が設置されています。
国際化を推進し更なる飛躍を目指す
このほか、別府市では日本初の本格的な国際大学「立命館アジア太平洋大学」の開学(H12年4月)や、アジアを中心とした外国人観光客の積極的な誘致活動など国際化に向けた取組みも非常に活発である。また、来年に迫ったワールドカップサッカーでは、隣接する大分市が九州唯一の開催地となっているため、選手や観戦客にとって別府市は利便性も高く格好の宿泊地になるであろう。別府を世界にアピールできる絶好のチャンスがすぐそこまでやってきている。
「観光温泉都市」から「国際学術文化温泉都市」へ。新たな魅力を加え別府市が今後一層飛躍をしていくことを期待したい。