高松のウォーターフロントが活気づいている。JR高松駅周辺は「サンポート高松」として官主導の大規模な再開発が進んでいる。一方、そのサンポートにほど近い北浜町では、使われなくなった古い倉庫群を複合商業施設としてよみがえらせるという、ユニークな試みが注目を浴びている。民間の力だけで高松ウォーターフロントのもうひとつの目玉にまで育てあげられたこの施設、「北浜アリー(alley)」を紹介したい。
施 設 概 要
【テナント】
物販・飲食・サービスなど全8店(配置図参照)
全床面積 1,099.56m2
【共有スペース】
レンガ広場(屋外イベントスペース) 187.74m2
駐車場 4ヵ所(計67台) 公衆トイレ 1ヵ所
寂れた倉庫街がトレンドスポットに
高松の新しい玄関口にふさわしい立派なJR駅舎やホテルが建ち並ぶサンポートから、海を左手に見ながら10分ほど歩くと、北浜町の倉庫街に行き着く。かつて、高松港から各地へ運ばれる荷物の一時保管場所として賑わったというこの地区も、瀬戸大橋の開通でヒト、モノの流れが大きく変化し、昭和初期に建てられた倉庫群も、役目を終えて20世紀とともに姿を消そうとしていた。
高松港の歴史が刻まれた、錆びたトタンと剥き出しの梁。この独特の質感を持つ倉庫群をなんとか残せないか、と考えた地元の建築家井上秀美氏が、所有者であるJA香川県に複合商業施設としての活用を提案したことから、北浜アリーの物語は始まった。
4棟あった倉庫のうち内側の1棟は、屋根の梁のみ残して撤去し、イベントなどにも使える広場にした。その他3棟は、極力倉庫の現形を残す方向で工事が行われた。雨漏りする屋根の補修、給排水・電気設備、広場のレンガ敷きなどのため、JAが負担した費用は2,000万円程度。各テナントが負担した内装工事費を含めても、全体で1億5,000万円程度という格安の開発費用だった。低コスト開発の実現が、テナント料にも反映され、高松市中心部の5分の1程度という破格の水準におさえられている。
開発の基本理念
- 倉庫の現姿を残す。
- 商業施設として再生する。
- 文化的貢献を果たす。
若く情熱あるオーナーにチャレンジの場を提供
運営は、開発の中心となっている井上氏の事務所が、改装した倉庫群を一括してJAから借り上げ、それをさらに各テナントに貸し出す形になっている。テナント募集は口コミだけであったが、50人以上の希望者が集まった。家賃の安さというよりも、この場所の雰囲気に魅了された人たちだ。「ここは、夏は暑く、冬は寒い。すきま風が少々吹こうが、ここが好きという人ばかりが集まった」という。
テナント選定にあたっては、井上氏自身が数回に渡ってオーナー希望者との面接を行った。物販・飲食・サービスがほどよく配置されることや、雰囲気にとけこむ業態であることなどが重視されたが、信用力に乏しい若い起業家にチャンスを与えたいという思いもあったようだ。そして現在では、配置図にある8店による構成で営業されている。
一見、ただの倉庫かと見過ごしてしまいそうな場所である。各店の看板もむしろ目立たないことを心掛けるかのように控えめだ。しかし、一旦中に入ると、吹き抜けの2階にあるカフェバーから、1階の美容室が見下ろせる構造になっていたり、デザイン事務所のミーティングルームをカフェとして開放していたり、意表をつく仕掛けがある。カフェと雑貨、バーと生花店など、店舗内でさらにもう一段の複合化がなされているところも多い。外から中の様子が伺いにくい構造が、逆に「いったい中はどうなっているのだろう」という好奇心を呼び、ドキドキ・ワクワク感につながっているようだ。
人を集めるのではなく、人が集まる場所
平日はゆったりと過ごせる北浜アリーだが、週末は「テーマパークのような賑わい」となる。四国島内はもとより、鳥取や兵庫などからもマイカー客が訪れている。タウン誌や旅行ガイド、新聞や建築雑誌の特集記事などにも数多く取り上げられ、いまや讃岐うどんに次ぐ新たな香川の観光資源になっている。便利だが全国どこでも似たり寄ったりのショッピングセンターにはない、ここだけの魅力があるからだろう。「サンポートはお金をかけて『人を集める』のに躍起だが、ここは『人が集まる』場所」という声も聞かれた。名前のとおりalley(路地裏、裏通りの意)にあって、時に「裏サンポート」とも呼ばれる場所だが、賑わいでは「表」に引けをとらない、という自負が感じられた。
施設と商品・サービスの魅力に加え、賑わい創出に力を発揮しているのが様々なイベントである。フリーマーケットやボサノバのコンサートなど、大きなものが年に12回、小さなものもやはり年に12回程度開催されている。開発のコンセプトの一つでもある「文化的貢献を果たす」ことにもつながっている。
ナージャ(図AE) | アジア輸入家具・雑貨販売、カフェ、建築・インテリア・設計管理事務所、北浜alley管理事務局 | パドゥ(図B) | 美容室 |
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黒船屋(図C) | カフェ&バー | イザラムーン(図D) | フーズバー、フラワーショップ |
カンティーナ(図F) | カフェレストラン | ラグスタイル(図G) | アジア雑貨 |
ドリームネットワーク・ウミエ(図H) | デザイン事務所、カフェ | シャンティ・ギャラリーSF(図I) | 衣料・雑貨 |
さらなる展開に期待
今後は、平日の昼間の集客をいかに高めるかが課題となろう。そのための方策として、個展や文化教室などの開催が考えられており、ギャラリーや小ホールなどのスペース確保が必要となっている。手はじめに、井上氏の事務所が運営している家具店の2階が改装され、絵画や写真の個展などにも利用できる小さなギャラリーがつくられた。
そして北浜アリーの物語は、さらに新しい展開に向かおうとしている。近隣に3棟ほど残っているJAの倉庫を新たに改装するという、2期工事の計画が持ちあがっているのだ。それが実現すれば、新たに10店舗程度のスペースができ、小ホールなどの設置も可能になる。現在、JAと折衝中とのことだが、現在はまだ「点」に近い北浜アリーを、「面」としての広がりをもたせ、そぞろ歩きを楽しめる「界隈」にするためにも、また、飽きっぽい消費者の新たな興味を喚起する意味でも、ぜひとも早期に実現してほしい。
商業施設の質がまちの文化度を示す
近年、京都の町家を保存する運動など、古い建築物や街並みを残そうという気運が高まりをみせている。滋賀県の豊郷小学校や美智子妃の生家である旧正田邸の保存に関わる事件などにみられるように、比較的新しい建築にもその流れは向かっているようだ。歴史的価値うんぬんの議論はともかく、「古くなれば壊して新しくすればいい」という発想からそろそろおサラバしたいという空気が広がりつつあるのだろう。
北浜アリーが、イベント等で文化的な情報発信を続け、「面」としての広がりをみせていけるかどうかは、北浜地区のみならず高松というまちの文化的成熟度を測る、ひとつのものさしとなるのではないだろうか。地域の歴史を刻んだ建物を大切だと感じる心をもった住民、古さを残しつつ新たなものとして再生させるクリエイター、そしてそこに新鮮さを感じ訪れる高感度な生活者。その三者がいてこそ文化的レベルの高い活気あるまちができあがるのだろう。確固たるビジョンをもったリーダーがいること、それもまちづくりを成功に導く重要な要素である。ここにはそれら全てが揃っているように思えた。
(上甲 いづみ)