観光は21世紀の基幹産業といわれる。だが、大規模投資による観光開発が難しい今、知恵を 出して観光資源を掘り起こしていくことが求められている。そのような中、地域の産業を観光資源ととらえる「産業観光」への取り組みが全国各地で盛んになっ ている。今回は、山口県周南地域における取り組みを中心に紹介したい。
産業観光とは何か
産業観光とは、「産業に関する施設や技術等の資源を用い、地域内外の人々との交流を図る観 光」と定義される。陶磁器等の伝統産業と自動車等の先端技術が集積する愛知県の取り組みが有名だ。産業観光には、産業の歴史や遺構を訪ねるという側面と、 現在動いている新しい産業を見る、という側面がある。愛媛県内では新居浜地区の別子銅山跡が貴重な産業遺産として整備・活用されているが、これは前者の代 表的存在といえよう。
瀬戸内海を挟んで対岸の山陽筋では、ここ数年、産業の「今」を見せるツアーへの取り組みが活発だ。今回取り上げる周南地域のほかにも、児島(倉敷市)のジーンズ、府中市の家具といった特色ある産業の見学ツアーを、各商工会議所が中心となって実施しているケースが目立つ。
では、なぜ今産業観光なのか。「ものづくり」に対する再評価・関心の高まり、「見る」観光から「学ぶ」「知る」観光への興味の変化といったことが背景にあ る。一方、団塊の世代の大量退職により旅行ニーズの増大が予想されるが、高度成長期を支えたこの世代の『産業観光』への関心は高いものと思われる。
工業のまち周南地域
周南地域は、石油化学コンビナートが立ち並ぶ全国有数の工業地帯である。名所旧跡が乏しいこの地域では、これら工場群を観光資源として活用し、地域活性化につなげようという取り組みが広がっている。
もともと、新南陽商工会議所が単独で、2003年頃から産業観光について研究を進めていたのだが、バラエティに富み、持続性のある企画にするためには、エ リアを拡大することが必要と考えた。そこで周南地域の他の3会議所(徳山、下松、光)にも協力を呼びかけたところ、賛同を得、04年に周南地域商工会議所 の広域連携事業がスタート、「産業観光ツアー」に乗り出すこととなった。
地域内の大手24工場に対して説明会を行ったところ、機密保持や安全性 の問題などから参加を見合わせた企業もあったものの、最終的に18工場が見学者の受け入れを了承。石油化学関連が多いが、食品工場や印刷会社、放送局など もラインナップに加わった。もとより見学者の受け入れを想定して建設された工場もあれば、これを機に工場内の展示物を充実させたところもあった。中には見 学者の受け入れが全く想定外であったため、急きょ、見学用ルートを新設したり、案内係を確保したりと、設備や人の面で対応に苦労したところもあったよう だ。
定員の3倍の応募が
05年度より、いよいよツアー実施が始まった。コース策定にあたっては、工場によって異なる受け入れ条件や可能な日時を調整し、7通りのコースを設定した。うち地元小中学生及び教員を対象とした、夏休み期間中の3コースには、89人が参加。続いて、一般向けに設定され た10~11月実施の4つのコース(定員各40名)には、定員の3倍の申し込みがあったため、急きょ5コースを追加。計9コースに317名が参加した。
期待に応えて今年も開催
今年度は、前回参加者から出た意見等を踏まえ、若干内容を変更している。まず、学校単位で の実施に替えて、親子で参加できる「夏休み親子教室」を3コース設定した。一般向けのコースは、9月から11月にかけて、7コース設定された(それでも、 おそらく追加が必要になるだろうとのこと)。
また、1ヵ所あたりの滞在時間を1時間半~2時間と長めに取り、ゆっくりと説明を聞けるようにした。昼食には地元の食材を使った料理を取り入れたり、徳山動物園、回天記念館※、温泉などに立ち寄ったりと、少し「観光」色を強めたコースもつくられた。
※人間魚雷「回天」に関する資料館
産業観光の意義
この地域の工場で作られる製品は中間財が多く、最終的にどのような形で社会に役立っている かわかりにくい。このツアーは、工場が何を生み出し、いかに社会に貢献しているかをアピールする絶好の機会となっている。技術やノウハウ等の企業秘密を守 りたいという一方で、企業には経営の透明性や説明責任ということが強く問われる時代となっている。地域住民の理解がなければ、企業活動は立ち行かないとの 認識が広がっているようだ。
また、「こんな先端技術を持つ企業が地元にあるのだ」ということを住民に知ってもらうことが、将来の人材確保や地域の活性化にもつながるという期待もある。地域との共生を図ることがこの事業の大きな目的の1つでもある。
ツアー参加者たちは、自分たちの身近なところに、このような高度な技術をもった企業があったことを知り、新鮮な驚きを味わったようだ。そして、環境問題へ の取り組み姿勢や、ここで作られるものがどのように自分たちの暮らしにかかわっているか、といったことを知ることで、安心感や信頼感も深まった。
今後の課題
昨年は一般向けコースが平日に開催されたため、すでに会社をリタイアした人など、比較的年 齢の高い層の利用が多かったが、この事業を地元での人材確保につなげるためには、就職を間近に控えた高校生・大学生の参加も促していくべきだろう。加え て、この世代との意見交換の場などもあれば、さらに効果的なのではないだろうか。
また、現状では、ツアーの貸切バスの料金等は補助金や商工会議 所の事業費で賄われており、参加者は、昼食代や有料施設の入場料等の実費を負担するだけでよい。ただ、最終的には、バス会社等がこういった企画を独自に商 品として売り出すなど、新たなビジネス創出につなげることが、この事業のもう1つの目的でもある。瀬戸内圏域に点在する、産業観光に取り組む他の地域との 相互交流や、滞在型のルート作り等ができれば、商品としての魅力も高まり、地域への波及効果もさらに大きくなるのではないだろうか。
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山口観光の新しい魅力
さて、愛媛県から山口県を訪れる場合、松山-柳井航路のフェリーを利用する場合も多い。柳 井に行ったらぜひ足を伸ばしてみたいスポットが、この春誕生した。花のテーマパーク「やまぐちフラワーランド」である。山口県と柳井市が出資して建設し、 運営は指定管理者である(財)やない花のまちづくり振興財団が行っている。年間入園者数は20万人を見込むが、ゴールデンウィークの賑わいを経て6月2日 にはすでに10万人を達成。目標は軽くクリアしそうだ。愛媛県からも、松山-柳井航路を利用したツアーが組まれるなど、順調に客足を伸ばしている。
柳井市を代表する観光スポット「白壁の町並み」をイメージした入園券売場を通り園内に入る と、季節の花を載せた花車「花くるりん」が迎えてくれる。目の前に広がる12ヘクタールにわたる公園は、もともと棚田であったという地形を生かし、環境に 配慮した造りになっている。高低差を生かした立体花壇、果樹と野菜の「みのりの庭」、香りも楽しめる「ハーブの丘」など、いろいろなテーマに沿った庭園が 形作られ、年間に300種類50万本の花が咲き誇る。
地域住民に開放された「コミュニティーガーデン」では、ガーデニングを実際に体験できる。また、園芸療法やフラワーアレンジなどを学ぶ各種教室、コンサートなどのイベントも多彩で、訪れる人に憩いと交流の場を提供してくれる。
隣には山口県花き振興センターがあり、生産者に対する研修や、花き生産の振興を図る。新しい品種に適した育て方の実証実験などが行われ、生産者のリスク軽減といった役割を果たす。
花き生産が、この町の主要な産業にまで発展する日がくるかもしれない。周南地域の産業観光とともに、新たな山口観光の目玉として育っていくことが期待される。
(上甲 いづみ)