瀬戸内海に浮かぶ7つの島と高松港周辺を会場に、約100日間の長期にわたる現代アートの祭典が開催されている。今回は、「瀬戸内国際芸術祭2010」を紹介する。
まるで島そのものが美術館
瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海の島々を舞台に、18の国と地域から75組のアーティスト、プロジェクトが参加して行われている。会場は、高松港周辺と7つの島(香川県の直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、岡山県の犬島)である。
この芸術祭の最大の特徴は、1つの会場で行われるのではなく、7つの島それぞれを舞台にして行われる点だ。それぞれの島の自然や歴史、文化を生かし、島の 暮らしの中にアートが溶け込み、まるで島そのものが1つの巨大な美術館であるかのように、島を巡りながらアートを楽しむことができる。
「地域の活性化」と「海の復権」
瀬戸内国際芸術祭は、「地域の活性化」と「海の復権」をテーマに掲げている。
古くから交通の要衝として重要な役割を果たしてきた瀬戸内海、かつてそこを行き交う船が立ち寄った島々では、個々の文化や風習が育まれ、美しい景観とともに、今に残されている。
しかし、こうした島々は今、人口が減少し、高齢化が進む過疎の島として、地域の活力が低下する現実に直面している。
瀬戸内国際芸術祭は、アートを通じて島の人々の元気を取り戻し、瀬戸内海が地球上のすべての地域にとって「希望の海」となることを目指している。
「現代アートの聖地」直島
なぜ、アートで島の人が元気になるのか、その疑問を解く鍵は、直島にある。
かつて、銅精錬所の企業城下町として栄えた直島は、今や現代アートの聖地と呼ばれ、人口わずか3,400人ほどの島に、国内外から年間約36万人もの観光客が訪れる。
直島とアートを結びつけたのは、ベネッセホールディングスの20年以上にわたる活動だ。1989年の直島国際キャンプ場の開設に始まり、現代アートの展示 スペースとホテルを備えた「ベネッセハウス」の建設、古い家屋などを活用して家の空間そのものを作品化した「家プロジェクト」の開始など、活動の幅を広げ てきた。
家プロジェクトの第1弾作品となる「角屋」では、家屋の中にある”Sea of Time ’98(時の海 ’98)”という作品の一部を構成する125個のデジタルカウンターを、125人の島民一人ひとりが設定し、島民がアート活動に参加するきっかけとなった。
その後もさまざまなアート活動が展開され、島を訪れた観光客やアートイベントのボランティアと島民との間で、アートを通じた交流が生まれた。そうして次第に島民がアートを身近に感じるようになり、島の生活とアートが融合した。
このようにして、直島独自のアートの世界が作り出され、離島と現代アートの融合による地域活性化が実現したのである。
2004年には、その名のとおり、建物がほとんど地中に埋まった「地中美術館」(財団法人直島福武美術館財団運営)がオープンした。自然と調和した建物と、自然光によりさまざまに変化するアート作品は、世界中のファンを魅了し、2009年度は、約13万人の人が訪れた。
島の日常×アート
直島の取り組みを、他の島にも広げようというのが、この芸術祭の狙いである。
島では、その豊かな自然の中に、あるいは日常生活のすぐそばに作品が展示されている。
この芸術祭では、それぞれの島のよさを生かしたアートが展開されており、訪れる人に、新鮮な感動を与えるとともに、アートを通じて、都会にはない素朴で穏やかな島の日常を感じることができる。
来場者は40万人を突破
芸術祭実行委員会では、当初、開催期間中の来場者見込みを30万人としていた。しかし、開幕からわずか49日目の9月5日には、すでに来場者は30万人を突破し、9月18日には40万人を突破するなど、予想を上回る勢いで多くの人が島々を訪れている。
夏場は、20代の若い来場者が目立ったが、暑さがやわらいだことで、家族連れや中高年など、幅広い層で来場者が増えているそうだ。
見るだけではないアートの数々
「現代アートは難しくてよくわからない」と言う人にこそ、島に渡り芸術祭を楽しんで欲しい。なぜなら、一般の美術館とは違い、ただ作 品を見るだけではなく、体感、体験しながら楽しめる作品が数多くあるからだ。
例えば、坂道や路地が多い男木島では、この島でお年寄りが日常的に 使う「オンバ(乳母車)」に着目して作られた、カラフルでおしゃれなオンバを見ることができる。実際に島を訪れた際、民家の軒先にオンバ・ファクトリーの 作品が誇らしげに置かれているのを見た。オンバで島を巡るオンバ体験ツアーも開催されているそうだ。
同じ男木島の「想い出玉が集まる家」では、鑑賞者もアート制作に参加できる。「想い出玉」とは、新聞や雑誌、チラシなどで作った球状のオブジェで、島の各家庭で眠っていた、捨てられない想い出のつまった紙を持ち寄って作った作品だ。
直島では、実際に入浴できる美術施設として「直島銭湯『l♥湯』」が昨年7月に開館した。芸術祭開催期間中も多くの人が訪れ、奇抜な外観の銭湯をバックに記念撮影をする若者や、湯船に浸かって疲れを癒しながらアートを楽しむ人たちで賑わっている。
ファスナーの留め具の部分を模して船を改造した「ファスナーの船」は、まるでファスナーが海を開いていくように見える。この船は、乗客を乗せて高松港周辺を周遊している。
芸術祭の歩き方
芸術祭の全作品を見て回るには、かなり駆け足で巡っても2泊3日は必要で、全島をゆっくりと満喫するには、4泊5日から1週間程度の期間が必要になるだろう。
もちろん日帰りや1泊2日の短い時間でも、芸術祭を楽しむことは可能だが、できることならば、時間をかけて多くの島に渡り、アート作品とともに、島歩きを楽しみたいところだ。
また、船の移動が中心になるため、航路や発着時間の確認など綿密な計画を立てることも必要だ。ただ、欲張りすぎるとせっかくの船旅も単なる移動手段になっ てしまう。美しい瀬戸内の海や島々を眺めながら、ゆったりとした気分で船旅を楽しむことも、この芸術祭の醍醐味ではないだろうか。
芸術祭を陰で支える「こえび隊」
芸術祭は、アーティストと運営スタッフの努力、そして島の人々の協力があって実現した。しかし、忘れてはならない存在がある。芸術祭 を陰で支えるボランティアサポーターの「こえび隊」だ。
彼らは、開催前から作品制作・設置のサポートや島の清掃を手伝い、開催中も受付やイベント運営など多方面に活躍している。年齢や職業もさまざまで、登録者は2,000名を超えている。
活動当初は、島の人と上手くコミュニケーションが取れないこともあったようだが、今では、島民から「こえびちゃん」と親しみを込めて呼ばれ、島で採れた農作物を分けてもらうなど、島民との交流も深まっている。
会期途中から活躍の場をさらに広げ、こえび隊による有料ガイドが行われている。作品紹介や島の歴史、文化も紹介してくれる。作品制作にたずさわったこえび隊だけが知る苦労話やアーティストのこぼれ話も聞かせてくれるだろう。
こえび隊は、芸術祭サポーターとして、島とアート、そして人と人をつなぐ架け橋になっている。
アートと海を巡る冒険は続く
7月19日の海の日に船出した現代アートの祭典も、10月31日には約100日間の航海を 終える。だが、アートと海を巡る冒険はまだ始まったばかり。この瀬戸内国際芸術祭は、3年ごとの開催を目指しており、今回を第1回目として3年後の 2013年には第2回目が開催される予定だ。
島とアートの融合が、さらに深みを増し、芸術祭が回を重ねるごとに新たな発見や新鮮な感動を与えてくれることを期待したい。
(石川 良二)