観光は21世紀における日本の重要な政策の柱として位置付けられており、政府は、訪日外国人旅行者数を2019年までに2,500万人とすることを目標として、様々な施策を展開している。
そうした中で、人間ドックなど医療検診と観光をセットにした国際医療ツーリズム(以下「医療ツーリズム」)の取り組みが、近年加速している。
今回は、中国、四国地方の先進的な取り組み状況をレポートする。
国内動向
拡がる医療ツーリズム
2009年12月に閣議決定された政府の「新成長基本戦略(基本方針)」には、医療と観光の連携を促進していくことが盛り込まれている。
経済産業省においても「サービス・ツーリズム研究会」を設置し、検診を中心に中国・ロシアの富裕層をターゲットとした実証実験を行うなど、各省庁とも取り組みを開始している。
市場規模
今後、来日が予想される医療ツーリストは、2020年時点で年間43万人程度とみられている。医療ツーリズムの市場規模(観光、医療の合算)は、より品質の高い健診・検診を求める新興国富裕層や、低コスト医療を求める米国などの先進国の患者などからの需要が想定されており、日本政策投資銀行の調査によると5,500億円を超え、その経済波及効果は約2,800億円と試算されている。
岡山県での取り組み
外国人旅行者宿泊者数の現状
岡山は、上海、北京、大連を結ぶ直行便があり、中国と交流が盛んな都市である。
09年度の外国人旅行者宿泊者数は55,560人で、04年度と比べ倍増している。特に、中国人宿泊者数の伸びは大きく、04年度の1,797人から09年度には6,730人と3倍を超えて増加し、全外国人旅行者宿泊者数の12%を占めている。
今後もビザ発行条件の緩和により、中国人観光客は増加することが見込まれており、13年度には、外国人旅行者宿泊者数12万人を目標としている。
医療観光ツアー商品化モデル事業概要
2010年に岡山県は、中国からの観光客を対象とした医療ツーリズムの商品開発を支援する「医療観光ツアー商品化モデル事業」を開始した。
本事業では、人間ドックやPET(陽電子放射断層撮影)検診等の医療検診と県内観光地を組み合わせた医療観光ツアーを商品化するため、モデルツアーを催行できる地元旅行業者を募った。
モデルツアーを実施した旅行業者は、中国人観光客や医療機関にアンケート等を行い、報告書を作成(2011年4月頃公表予定)する。県ではその報告書を基にして、より利用しやすい医療観光ツアーの造成を促進させる意向である。
各社が実施したツアーの内容は、岡山空港から入国後、1~2日間かけて脳ドック、PET検診などを受けた後、希望に応じて岡山や京都、東京などを観光する といった4泊5日~6泊7日程度の日程が主流であった。2010年11月からツアーを実施し、参加費用は参加者本人負担で、1人当たり50~70万円程度 となっている。
主なツアー行程
中国(大連、洛陽、上海など)⇒
1日目 | 岡山空港、昼から市内観光 岡山市内ホテル泊 |
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2日目 | PET検診、脳MRI、心臓MRIなど 岡山市内ホテル泊 |
3日目 | (午前)健診、結果説明 (午後)ショッピングなど |
⇒ 他都府県観光(2日間程度)
⇒ 成田、関西、岡山空港等⇒ 中国
商談会の開催
本事業の実施前には、旅行業者と医療機関との連携がスムーズに進められるように、県が主催の商談会を開催した。
商談会には、岡山、倉敷市内の5病院と旅行業者13社から40名が参加し、意見交換が進められた。このことが、本事業が短期間にスムーズに進んでいる1つの要因と考えられる。
商談会に参加した旅行業者からは「これまで医療機関と話す機会があまりなかった。このような機会を設けたことは非常に意義がある」等の話が多く出ており、商談会は非常に好評だった。
モデル事業の取り組み実績
本事業では、旅行業者4社合わせて、2011年3月までに16人程度の中国人観光客の参 加が予定されている。これまでに参加した中国人からは「日本の医療体制の充実には驚いた」、「中国国内でも健康に対する意識は高まっており、多少出費が嵩 むが命には変えられない。今後も定期的に受診したい」などの感想が寄せられており、参加者の評判は良かったようだ。
また、ツアー実施後、最先端の検診内容が評 判となり、中国のテレビ局が取材に来ている医療機関もある。
本モデル事業の結果が報告書にまとめられた後には、問題点や参加者から評価された点などを分析し、他の旅行業者等の参考にしてもらうなどして定番化を図っていくとのことだ。
今後の課題
今後の課題についてお聞きすると、「検診を受けた後に、より多くの岡山の観光地を訪問し消 費してもらうこと」「銀聨カード利用可能店舗の拡大を進めるなど受入体制の整備を行うこと」、「岡山の魅力を、中国人観光客が国に帰ってから口コミで、よ り多くの人に伝えてもらうこと」と言う。
また、検診時の通訳は専門知識を要するため、医学的な知識のある通訳の確保も課題だそうだ。今後、岡山県では、医学専門の通訳を育成するための研修会の開催なども予定している。
旅行業者「シモデンツーリスト(岡山市)」の取り組み
当社は、2009年秋から独自に中国人富裕層をターゲットとした「人間ドックと観光を組み合わせたツアー」の本格的な販売を始めた。
ツアーの料金は、5日間で60万円程度、これまで20名程度を受け入れた。しかし、尖閣諸島問題発生以降は、ツアーの受け入れは激減しており、中国との商売においては政治に左右されるリスクが高いことを実感したとのことである。
ツアーには、大阪、東京から医療に精通した通訳を呼んでいる。
医療ツーリズムを実施するに当たっては、中国の旅行業者との連携は欠かせない。
シモデンツーリストでは、中国現地に営業所を出し、中国旅行業者と連携して事業を進めている。その連携をより強化するために、長年中国観光を手がけてきたベテラン社員を中国の旅行社へ出向させている。
お互い信頼できるパイプがないと、中国人を相手にしたビジネスは難しいのが現状と言う。
連携を強化していくことで、日本人観光客が中国を訪れた際のサービスも向上しているそうだ。
医療機関「岡村一心堂病院(岡山市)」の取り組み
~受け入れのきっかけ~
中国人観光客受け入れのきっかけを聞くと、地元旅行業者が中国人観光客から観光のオプションとしてPETと胃カメラを求められ、その対応に苦慮していたとき、特別に対応したことだと言う。
現在では、平均で毎月2人程度の中国人を受け入れているが、採算は、通訳・翻訳費用などを考えると合わないそうだ。
しかし、先進的な取り組みを行うことや、国際貢献の一環といった志の下で取り組むことで、職員のモチベーションアップにつながっているとのことだ。
~受入体制~
現在は、人間ドックなどの健診をメインに受け入れている。健診内容については中国語のパン フレット(小冊子)を作成したり、受診者1人に通訳を1人つけたりして手厚い受け入れ体制を整えている。健診結果は、翻訳し画像データを含めて、後日自宅 に送付している。異常が認められた場合には、その資料をベースに中国で治療することが基本だが、日本製の薬品の投与の希望が強く、降圧剤等を処方すること もある。健診の代金は、旅行代金の中に含まれている。急なオプションが入っても銀聨カードが利用できるようになっており、決済の心配はないそうだ。
健診の場合、専門用語が多く、言葉の壁が問題となってくる。当病院では、中国人ドクターを雇用して、正確な翻訳を実施している。
~人気のプログラム~
現在、中国人に人気のプログラムは、PET検診だそうだ。
中国には、まだPET機器の導入は少なく、がんの早期発見は、治癒の可能性が高いとの認識もあり、ほとんどの中国人観光客はPET検診を受けている。ちなみにPET検診を含めたコースでは、1回あたりの医療機関の収入は20万円程度となるそうだ。
徳島県での取り組み
~糖尿病検診を核とした医療観光~
徳島県では、糖尿病死亡率が1993~06年、08~09年に全国ワーストワンとなった ことから、徳島大学病院が中心となり、糖尿病治療を核として新産業創出を図った。その事業と、上海を拠点に県内産業を売り込む上海グローバル戦略を結合し て、糖尿病検診などと観光を組み合わせた医療ツーリズムの取り組みが始まった。
10年3月には、中国人向けの糖尿病検診モニターツアーを実施し、10名が来日した。その際には、地元食材を使ったヘルシーメニューを提供し好評を得ている。
近年、中国人の生活習慣は激変し、糖尿病患者が増加していることから、糖尿病検診のニーズは高い。今後、医療ビザが発行されるようになった場合には、定期的な患者の受け入れも考えているそうだ。
おわりに
岡山県、徳島県の取り組みは内外から注目されており、今後、医療ツーリズムを通じた外国人観光客の受入先進地域として、大きな期待が寄せられている。
また、愛媛県内においてもアトムグループなど民間業者が人間ドック、乳ガン検診などのプログラムを開発し、中国人観光客の受け入れを開始している。検診後 にはガンを発見し、中国に戻ってから治療した実績もある。今後の愛媛における「医療ツーリズム」の取り組みが拡大することを期待したい。
(友近 昭彦)