愛媛の島シリーズ第5回は、県の最北端に位置し県内有人島で最も面積が広い、今治市の大三島を紹介する。
大三島の概要
広島県との県境に接し、多々羅大橋によって広島側の生口島とつながっているのが大三島である。瀬戸内海国立公園のほぼ中央に位置し、古くから海上交通の要衝として、人・モノ・情報が集まる場所であった。
2005年の合併で今治市に編入される前は、島の西側が大三島町、東側が上浦町と、2つの自治体に分かれていた。2000年の国勢調査によると、島の人口は旧大三島町、旧上浦町の合計で7,838人であったが、2010年調査では6,494人にまで減少している(10年で17.1%減)。とは言え、県内の有人島の中では大島、伯方島に次いで人口が多い島である。
歴史に彩られた神の島
大三島と聞いて、誰もがまず思い浮かべるのが大山祇神社であろう。日本総鎮守・三島大明神・大三島宮の社号を持ち、全国の大山祇神社・三島神社の総本社である。地神・海神を兼備する神社として古くから崇敬され、航海の安全や戦勝を祈願する人々が数多くこの地を訪れている。源頼朝・義経をはじめ名立たる武将によって奉納された鎧兜、刀剣類は数万点にも及び、現在は神社内の「国宝館」「紫陽殿」で保存・展示されている。国宝・重要文化財の指定を受けた武具甲冑類の約8割がここに納められているとも言われる。
神社の境内には200本もの楠の木が群生している。境内中央には「小千命御手植の楠」とされる樹齢約2,600年の大楠が鎮座している。他にも国の天然記念物に指定された古木が数多く見られ、島の長い歴史が感じられる。
さつまいもとみかん栽培の先駆
大三島をはじめ岩城島など島しょ部の土産品には、さつまいもを使った菓子がよく見られる。大三島は、県内で最も早くさつまいも栽培を始めた土地である。大三島生まれの下見吉十郎 なる人物が、1712年に薩摩から甘藷の種子を郷里へ持ち帰り、付近の島々へも普及させた。享保17年の大飢饉で、一帯の島から一人の餓死者も出さなかったのは吉十郎の功績であるとして、没後小堂を立て、「甘藷地蔵」として祭ったそうだ。そのような由来を知ると、素朴な芋菓子がいっそう味わい深く感じられる。
やがて、さつまいも栽培は除虫菊や葉たばこ、そして柑橘類の栽培へと転化していく。昭和40年代には、県下でも有数のみかん産地となった。
もともと、大三島は古くからみかんとの関わりが深い島であった。大山祇神社所蔵の古文書には、室町時代、「三島大祝家から伊予国湯月城主河野通直にみかんを贈進した」という記録が残っている。みかんに関する記述としては日本最古のものと言われる。
島に残る小みかんの古木は、県の天然記念物に指定されている。その由来は、倭寇が華南から持ち帰ったものとも言われている。
しまなみ海道開通で島に変化
かつて海上交通の要衝として、また信仰の島として栄えた時代、島の玄関は大山祇神社にほど近い宮浦港であった。港から神社へと続く参道には商店が立ち並び、門前町として賑わっていた。
しかし、しまなみ海道の開通が、島を訪れる人の流れを大きく変えた。陸路で島を訪れる車両は、東部の旧上浦町に位置する大三島インターチェンジから島に降り立つ。インターにほど近い多々羅しまなみ公園や「村上三島記念館」などを訪れ、県道21号を通って西の大山祇神社へ向かうというのが一般的な観光ルートとなった。そしてついに今年、宮浦港を発着する定期航路は廃止された。
参道を通る人は激減し、今では空き店舗・空き家が目立つ。かつての門前町の賑わいを取り戻すことが、島の課題の1つとなっている。
新たな魅力「アートの島」
島には、和の文化・芸術に触れる場所が多い。前述の「国宝館」「紫陽殿」に加え、旧上浦町に生まれた“現代書道の巨匠”村上三島の作品を中心に展示している「村上三島記念館」、現代日本画のコレクションが豊富な「大三島美術館」などがある。歴史ある神社仏閣も多く、芸術性の高い仏像、絵馬なども見られる。
さらに近年は、島の西部を中心に新たなアートの拠点が増えている。2004年に浦戸地区に開館した「ところミュージアム」は、横浜市在住の所敦夫氏によるコンテンポラリーアートのコレクションを収蔵・展示する小さな美術館。海に面した傾斜地に階段状に建てられ、ミュージアムを取り巻く景観そのものも美術品のようである。
その隣には、「伊東豊雄建築ミュージアム」が2011年にオープンした。「ところミュージアム」別館の設計を依頼された伊東氏が、島に足を運ぶうちにロケーションに惚れ込み、自身のミュージアムを建てることになった。多面体を組み合わせたような形の「スティールハット」と、伊東氏の自宅を再生した「シルバーハット」の2棟の建造物自体が展示作品でもある。自由に閲覧できる資料からは、世界的建築家である伊東氏の業績の一端を知ることができる。決して地の利がいいと言えないこの場所に、海外からもファンが訪れている。このミュージアムの役割は、「建築」を伴うまちづくりの過程そのものを展示することであると言う。2012年度から実施している「みんなでつくるバスストップ」という事業は、戸板地区にあるバス停を、住民と建築を学ぶ学生などがいっしょに改修するというもの。学生らから出たアイディアをもとに、住民との意見交換等を経て、バス停を作り上げていく。制作の過程そのものを鑑賞する楽しみがあり、ただ展示作品を見るだけでない、新しいミュージアムのかたちとなっている。
「伊東豊雄建築ミュージアム」開館と同年、宗方地区の旧宗方小学校跡に、「岩田健 母と子のミュージアム」も開館した。伊東豊雄建築事務所の設計による、屋根のない円形のスペースには、母と子をテーマとした、心温まる岩田健の彫像作品44点が展示されている。隣接する旧宗方小学校校舎は「大三島ふるさと憩の家」として、宿泊施設に生まれ変わっている。
1つひとつは小規模なミュージアムであるが、同じ島ながらそれぞれ異なる表情を見せる周りの自然景観との調和も見どころである。
活発な移住促進の動き
10年前、旧大三島町によって整備された「ラントゥレーベン大三島」は、一戸建て家屋に農園がついた滞在型農業体験施設である。農作業をしながら島の暮らしを体験できるため、移住を考える人がお試し期間として利用するのにぴったりだ。16棟ある施設は1年ごとの契約で、延長は最長でも5年までだが、常にほぼ満杯の状況である。ここでの滞在を経て、島へ本格的に移住した人もいる。
しかし実際に移住となると、思いのほかハードルが高いのが住居の確保である。島には不動産業者がおらず、地縁・血縁のない移住希望者にとって、家や農地を貸してくれる人を探すのは至難の業である。
島では、商工会、婦人会、漁協などのメンバーで構成された地域活性化推進協議会の事業として、2010年度に島内の空き家調査を実施した。すると540軒もの空き家が確認された。とは言え、その中で居住可能かつ家主に貸す意思がある物件となると数が限られる。
NPO法人しまなみアイランドスピリットが窓口となり、島への移住を希望する人と空き家の持ち主とをつなぐ活動が始まった。移住を考える人を募り、島内の貸与可能な物件を巡る「移住体感ツアー」の開催や、個別の問い合わせへの対応などを通じて、2010年以降、地元が把握しているだけで26軒56人の移住が実現している。
当初は、「終の住処」を探す比較的高齢の移住者を想定していたが、最近は自転車ブームなどで注目が集まり、カフェや民宿といった、観光客向けのビジネスを考える若い移住希望者なども増えていると言う。
大三島島内で希望の物件が見つからない場合もあるので、大島や伯方島などと連携して他の島の物件紹介にもつなげている。
柑橘栽培とそれを材料とした加工食品を製造販売する人、農家民宿を開業した人、陶芸家、木工作家など、さまざまな職種の移住者が増えており、こうした人達が島にいっそうの活力をもたらしてくれることが期待される。
島の活性化に携わるさまざまな人のパワー
定期航路廃止となった宮浦港の港務所は現在、NPO法人しまなみアイランドスピリットの事務所となっているが、近々オープンカフェなど人々の集う場所にしたいと考えている。遊漁船を使った無人島ツアーなどにも取り組み始めた。来年には、愛媛県と広島県の島しょ部一帯が会場となる観光イベント「瀬戸内しまのわ2014」の開催が予定されている。これらの活動がさらにブラッシュアップされて、イベントを盛り上げることになる。ほかにもさまざまな住民グループが、自主企画イベントを実施することになるだろう。
移住者が多く参画するNPOも生まれている。今年認可を受けたばかりのNPO法人しま・なみは、島内での福祉タクシー運行などの事業開始を目指している。地元農海産物やクラフトなどを販売する市場の開催などで、大山祇神社参道の活性化にも取り組む。
島外の人や若い人も動きだしている。伊東建築塾の塾生が、「日本一美しい島・大三島で暮らすプロジェクト」と銘打ち、昨年から数回にわたって大三島を訪れ、島の活性化について住民と意見交換したりワークショップを行ったりしている。また、島唯一の高校・今治北高校大三島分校の生徒たちが取り組んでいる大山祇神社の参道を活性化する活動との連携や、NPO法人しま・なみが借り受けている空き家物件の活用などに携わっている。建築を学ぶ方々の視点は、まちづくりの大きな力になるだろう。
しまなみ海道全線開通当時の喧騒は過ぎ去ったものの、ゆっくり静かに島が変化しているのを感じる。島に関わる方々が知恵と感性を結集して、今後ますます「住んでみたい島」としての魅力を磨いていかれることだろう。
(上甲 いづみ)
耳より情報
昨年9月、大三島の宮浦港周辺でハリウッド映画のロケが行われたのをご存知だろうか。ヒュー・ジャックマン主演の「ウルヴァリン:SAMURAI」。いよいよ9月13日から日本公開となる。ジェームズ・マンゴールド監督のイメージする風景にぴったりだったという大三島が、作品の中でどのように映像化されているのか、興味深いところである。
参考文献
「愛媛県史」「日本の島ガイド」
「大三島を中心とする芸予叢島史」
「日本一美しい島・大三島で暮らすプロジェクト2013」