古くから商港として発展し"坂のまち"として知られる広島県尾道市。歴史的建造物や寺社が点在し独特の景観を有する斜面市街地は、重要な観光資源である一方、少子高齢化や人口流出により深刻な空き家問題に直面している。
今回は、NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」の空き家再生活動を通した、景観の保全や定住支援の取り組みを紹介する。
斜面市街地の成り立ち
尾道は、中世から商港として発展した瀬戸内有数の港町であり、財をなした豪商たちが競って寄進したことから多くの寺社が存在している。また、商人の居宅、別荘、茶園などのほか、商人の庇護を受けた文人が多数居住し、今でもその痕跡が各所に残っている。
明治期に入り、福山―尾道間に山陽鉄道(現在のJR山陽本線)が開通したことにより、さらなる発展を遂げる。平地が少ない尾道独特の地形により、市街地が斜面まで拡大していった。また、鉄道開通によりまちが2つに分断されたため、港を中心とした商業地の海側、寺社や住居を中心とした山側(山手地区)という、独特の景観が生まれた。
文豪に愛されたまち
独特の景観を有するこの土地は"坂のまち""文学のまち"として知られており、「暗夜行路」を書いた志賀直哉、尾道の女学校に通った「放浪記」の林芙美子など、多くの文人墨客が足跡を刻んだ。また、小津安二郎監督の「東京物語」や大林宣彦監督の尾道三部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」など映画のロケ地として使われたことから、"映画のまち"としても知られている。
斜面ゆえの空き家問題
斜面市街地と呼ばれる「山手地区」は、JR尾道駅から徒歩圏内にあり、尾道三山と呼ばれる千光寺山・西國寺山・浄土寺山の南斜面地を指す。国宝の寺として有名な浄土寺をはじめ、千光寺や西國寺など中世の建造物の周りに、明治期から昭和前期に建てられた洋風の住宅が存在し、和と洋が混ざり合う景観を有している。
こうした景観や細い路地、急な坂道は、観光資源として人気を博する一方、自動車が通れないことや下水道が整備されていないことなどから、市中心部に近いにもかかわらず、高齢化や人口流出が進み、山手地区の空き家は現在300軒を超えると言われている。この空き家問題は、景観や治安の悪化を招いており、観光振興の観点からも早急に解決する必要があった。
「尾道空き家再生プロジェクト」始動
NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」は、地元住民の活動に支えられ、空き家再生や定住促進支援、景観の保存や新しい文化・ネットワークの構築に取り組んでいる。
代表理事を務めるのは、尾道市で生まれ育った豊田雅子さん。旅行会社の添乗員として外国を訪れるなかで、古い町並みを大切に守っているヨーロッパ各地に感動を覚えた。2001年、結婚を機に尾道にUターンした際に、建物が放置され、歴史ある尾道の町並みが荒廃していることに危機感を抱いた。現在の建築基準法やがけ地条例では、一旦解体すると建て直すことができない場合があり、既にある建築物を守らなければ坂のまちとしての景観が失われてしまう状況にあった。
「1軒でも尾道らしい建物を残したい」と考え、空き家を探し始めて6年目の2007年5月、独創的な装飾や曲線が特徴的な「旧和泉家別邸(通称:尾道ガウディハウス)」に"一目ぼれ"して買い取り、大工であるご主人とともに改修を行った。その活動をブログに掲載したところ大きな反響を呼び、同年7月に賛同する仲間20名とともに市民団体を設立、翌年にはNPO法人として本格的に活動を始めた。
ユニークな再生物件の数々
尾道ガウディハウスの次に手がけたのは、「子連れママの井戸端サロン・北村洋品店」。元洋品店のレトロな空き家を買い取り、地元の主婦を中心に延べ100人を 超える地元住民らが参加し、約1年をかけて再生した。資材は廃材を使用し、新たに購入した材料はほとんどないそうだ。床下から見つかった井戸にアクリル板をのせたテーブル、幼稚園児が作った土間のタイル、アーティストによって仕上げられた天井の装飾など、建物全体が温かみのあるアート作品だ。このサロンは現在、空き家再生プロジェクトの活動拠点や主婦たちの手作り品の販売スペースとして地元住民が集う場所となっているほか、珍しさから多くの見物客が訪れている。
北村洋品店の3軒南にあるのが、「風呂無し、トイレ共同」の古いアパートを再生した「三軒家アパートメント」。10部屋それぞれを貸出し、入居者自身が自由に工房やギャラリー、カフェなどに改装している。何でもありのちょっと不思議なこの空間は、若者を中心としたサブカルチャーの発信基地となっている。
「空き家再生!夏合宿」で再生されたのは「森の家」。短期間で1軒の空き家を丸ごと再生するプロジェクトにより蘇った「森の家」は、遠方から訪れるワークショップ参加者の合宿所として利用されている。
また、2012年秋にオープンしたのが尾道ゲストハウス「あなごのねどこ」。細長い京町家のような空き家を再生した宿泊施設で、風変わりな名前は地元の特産品「あなご」にちなんで付けられた。ゲストハウスの運営には多くの若者が携わり、雇用創出の場となっているほか、バックパッカーや外国人など新たな観光客の誘致も期待される。
こうして再生した空き家物件は、地域のコミュニティ創りの促進や観光資源、文化の発信地など様々な機能を付与され生まれ変わっている。
空き家×○○○
「尾道空き家再生プロジェクト」の活動は、単なる空き家の再生事業にとどまらず多岐にわたる。空き家の再生を通して地域活性化に貢献するという明確なコンセプトのもと、建築・環境・コミュニティ・観光・アートを5つの柱と位置づけ再生事業を行っている。一般向けに行うセミナー「尾道建築塾」では、NPO会員の大学教授や一級建築士が講師となり、建物見学ツアーや左官作業、タイル貼りなどの体験プログラムが行われ、建築の魅力や技法を伝え広めている。
また、チャリティイベントや空き家に関する情報交換会など、数多くのイベントも行われている。情報交換会は、実際に尾道市の支援を受けてリノベーションした家主と建築士による支援の活用法や、移住して念願の店をオープンした夫婦の話など、具体的な移住をイメージできる内容になっている。
NPO会員177名のうち、約3分の1は斜面市街地に居住しており、空き家の再生や様々なプロジェクトを通して絆を強めている。
空き家バンクの活動
尾道市は景観の保全を目的に10年ほど前から「空き家バンク」制度を作っていたが、2007年6月の成約を最後に、空き家バンクの登録物件がなくなり、空き家はあるものの情報提供が行えない状況にあった。そこで尾道市が「空き家バンク」の業務の一部をNPO法人尾道空き家再生プロジェクトに委託、2009年10月から新たに「尾道市空き家バンク」がスタートした。これまで培ってきたノウハウやネットワークを活用し、移住希望者のニーズに対応した運営を行った結果、2009年10月から2012年末までに51戸の成約に至った。NPO委託以前の成約件数は累計10戸程度であり、大きな成果と言える。移住者の中には、空き家を上手に再生しオシャレな飲食店やショップを開く人も多いそうだ。そうした尾道での暮らしを楽しむ姿が発信され、移住希望者が増えるという好循環が生まれている。
“若者”と“よそ者”で生まれ変わるまち
空き家バンク制度を通して斜面市街地に移住してきた"若者"や外から来た"よそ者"の移住者は、地元住民と新たなコミュニティを形成し始めているそうだ。再生のプロセスを通して、人と人とがつながり、まちに溶け込んでゆく。「若い人に移住してもらい、できるだけ長く住んでもらうため、若者が活躍できる場や雇用の場を作っていきたい」と話す豊田さん。住民の高齢化が進む斜面市街地の空き家に移住者が集まり、新たな文化や活気を生み出している。
おわりに
今や社会問題となっている空き家問題だが、尾道での取り組みは、先進事例の1つとして参考になると考えられる。尾道を訪れた際には、是非「尾道空き家再生プロジェクト」によって生まれ変わった建物に足を運んでみられては。発見!!があるかも…。
(菊地 麻紀)