博多港への外国クルーズ船の寄港が急増している。国は、2020年までにクルーズ船での訪 日外国人客数100万人達成を目標としていたが、円安やビザ発給要件の緩和が追い風となり、2015年に早くも100万人を突破した。博多港はそのうちの 半数を受け入れており、クルーズ拠点港としての存在感を高めている。
アジアに近い福岡は、古来から中国・朝鮮への海の玄関口として栄えてきた歴史を持つ。今回は物流・人流の重要な拠点として、アジアをリードする博多港のクルーズ船受入への取り組みを紹介する。
外国クルーズ船最大の寄港地・博多港
博多港に外国クルーズ船が初めて寄港したのは2008年で、世界最大規模のクルーズ会社 「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル」の大型客船“ラプソディ・オブ・ザ・シーズ”であった。その後、外国クルーズ船の寄港回数は、東日本大震災 や日中関係の悪化で一時落ち込んだものの、2014年には99回で全国トップとなった。さらに、2015年は245回と前年の倍以上の寄港があり、そのほ とんどが中国発のクルーズ船であった。こうした急増にともない、岸壁が確保できず博多寄港を断念したり、他の港に変更したりする例もあるそうだ。ちなみ に、2016年は約400回の寄港が見込まれているという。
中国クルーズ市場の急成長
日本で“クルーズ”といえば、富裕層やシニア層の旅というイメージが強いが、中国では必ず しもそうではなく、カジュアルな旅として認知されており、初めての海外旅行がクルーズという人も多い。また、18歳未満は無料のツアーが多いことや、船内 は車椅子でもゆっくりと過ごせることから3世代での家族旅行の形態としても人気だ。さらに、空路と違って荷物の重量制限がないため、買い物目的の旅行客 は、クルーズ船を利用する傾向があるようだ。
こうした中国でのクルーズ人気を背景に、船会社も新造船を中国マーケットに投入していることから、 「新しい船に乗りたい」というリピーターも多いそうだ。クルーズ船の大型化や競合などにより、料金は低価格化が進んでおり、1人1泊1万円程度のリーズナ ブルな旅が定番化している。
博多港が選ばれる理由
博多港が選ばれる理由のひとつが地理的優位性だ。中国・韓国の主要港と近接しているため、日中韓3ヵ国を巡るショートクルーズが可能となる。
また、博多港が立地する福岡市がコンパクトな街であることも理由のひとつだ。半径5キロ圏内に博多港や福岡空港、商業施設などが立地しており、限られた滞 在時間でも、効率的に観光施設や商業施設をまわることができる。実際に福岡の街を歩いてみて、交通の利便性の高さに驚いた。
クルーズセンター竣工
外国クルーズ船の寄港回数増加に対応するため、福岡市は2015年春に博多港の中央ふ頭先 端部に「クルーズセンター」を新設した。従来は、韓国からの定期船専用の「博多国際ターミナル」で出入国審査を行っていたが、出入国審査ブースが8つしか なく、2時間半から3時間審査に要していた。新設されたクルーズセンターは、審査ブースを最大20ブース設置可能なため、審査時間を約1時間短縮できると ともに、大型クルーズ船の受入も可能となった。審査時間の短縮による滞在時間の増加は、クルーズ客の満足度向上にもつながっている。
クルーズ旅行の旅程
中国発着のクルーズ旅行の一例を紹介する。売れ筋は4泊5日のツアーで、韓国の済州島(ま たは釜山)と博多港に寄港する。料金は、安いものなら1泊1万円を切るツアーもあるそうだ。船内には、プールやスパ、レストランや免税店、カジノなどの施 設が充実しており、船内での食事代やショーのチケット代もツアー料金に含まれている。
福岡での滞在コースは上記のとおり。博多港に到着後、クルーズセンターで入国審査をすませ、貸切バスに乗り込む。1隻あたり数千人のクルーズ客がバスで移動するため、多い日には100台を超えるバスが市内を周遊する。
午前中に観光、午後は買い物というのが定番のコースだ。クルーズ客にとって、旅の目的はあくまで“船旅を楽しむこと”であり、寄港地での観光はオプション である。日本らしい場所で記念撮影し、買い物ができれば満足なのだそうだ。短い滞在時間のなか、慌ただしく買い物をすませ、戦利品を抱えたクルーズ客が商 業施設前の集合場所に集まる。集合時間を過ぎても買い物を続ける客を呼ぶガイドの声が響く。「これが噂の爆買いか」という光景に圧倒されるが、クルーズで 訪れる観光客は中間層が多く、必ずしも富裕層というわけではない。円安や免税範囲拡大の影響もあって、安くて良いものをお得に買いたいという心理が爆買い につながっているのだろう。
クルーズ船受入の課題
クルーズ船急増に受入側も対応が追い付いていない。そもそも地元のバス会社だけでは台数が 足りず、国が特例で他県からの参入を認めたが、連休や行楽シーズンになると、より一層バスの手配が難しいそうだ。短い滞在時間のなか、時間的な制約や駐車 場の問題等もあって、ツアーで訪れる観光地や商業施設は一部に集中している。1度に数千人のクルーズ客が同じルートで周遊することから、当然ながら渋滞が 発生する。こうした駐車場不足や渋滞の問題は、市民生活にも影響を及ぼしている。
市では、交通渋滞改善のため駐車場の整備を進めている。さら に、特定の観光地や商業施設に集中することが渋滞を招くとして、行き先や訪問時間の分散化を旅行会社に提案するなどして、受入環境の改善に取り組んでい る。そのほか、クルーズ船の増加や大型化に対応した岸壁や航路整備も進めており、クルーズ船受入の先進都市として、課題解決に奔走している様子がうかがえる。
アジアの福岡に
クルーズ客の訪れる場所が集中していることから、市民にとっては渋滞や混雑ばかりに目が向 いてしまい、地元経済への恩恵は感じにくいのかもしれない。慌ただしく買い物するのではなく、ゆっくり滞在し、福岡や九州の観光地やグルメを楽しんで欲し いという思いもあるだろう。ただ、クルーズを通じた中国やアジアへのプロモーション効果は非常に大きい。クルーズ客がSNSで発信したり海外メディアに取 り上げられたりすることで、福岡の知名度は高まっている。「クルーズ船就航前は、福岡と言っても中国では通じなかった」との声も聞かれた。
日本人にもクルーズの旅を
クルーズ振興には、インバウンドだけでなく国内クルーズ市場の開拓も重要だ。今夏、イタリ アの大手クルーズ会社「コスタクルーズ」は、博多港発着のクルーズを計10回運航する。舞鶴(京都)、金沢(石川)、境港(鳥取)、釜山(韓国)に寄港す る5泊6日のクルーズで、料金も約7万円(サービス料・港湾税別)からと手ごろだ。イタリアの雰囲気あふれる船内で船旅を楽しみながら、日本の良さを堪能 する旅となっている。1週間なら日本人にも休みがとりやすい。この夏の旅行に是非、検討してみてはいかがだろうか。
日本ではまだまだ一般に広まっていないクルーズ旅行であるが、カジュアルなクルーズの旅が日本にも浸透し、文化や産業として根付く日も近いのかもしれない。
(菊地 麻紀)
調査月報「IRC Monthly」
2016年2月号 掲載