クローズアップシリーズ第11回は緑豊かな自然に囲まれた砥部町広田(旧広田村)を紹介する。
広田は松山市から国道33号と379号を南に下った山間部にあり、砥部町中心部からは約20kmに位置している。人口約760人、総面積44.37k㎡の85.7%を山林が占める典型的な山村である。
広田では、2011年度から、数多く残る民話とそれにまつわるスポットを活用した地域おこしに取り組んでいる。今回はそんな民話の舞台をたどりながら、広田を巡った。
民話の里 ひろた
広田で語り継がれてきた民話は数多く、なかにはアニメ「日本昔ばなし」で紹介されたものもある。
2008年、それらを綴った「村の記憶」(創風社出版)が出版された。「村の記憶」は旧広田村の村議であった故・徳田留吉氏が語り継いできた民話をもとに作られたものであり、それを読んだ中村剛志町長(当時)が「民話の里ひろた事業」をスタートさせた。
本事業では多くの民話のなかから18編をイラスト付き冊子にまとめて発行。また、らくさぶろう氏にそれらを朗読してもらった音声装置を広田の集会所や休憩所など14ヵ所に設置した。それぞれ各地区の民話が3話ずつ収録されており、道の駅ひろた「峡の館」ではすべての民話を聞くことができる。道の駅以外の音声装置は、自分でグルグルとハンドルを回すことで発電して音声が流れるエコな仕組みとなっている。ちょっとひと手間かかるが、それもまた味があって良い。
コラム 道の駅ひろた「峡の館」
広田を訪れた際の拠点になるのが道の駅ひろた「峡の館」である。野菜や乾しいたけ、自然薯など地元の特産品をはじめ、地元住民が手づくりした加工品などが売られている。毎年12月に開催される「じねんじょまつり」にはファンも多く、地域外から多くの人が集まる。
立花城と芳我台(はがたい)
民話の舞台はほとんどが実在する場所で、広田の名所となっているところが多い。そのうちの1つが「立花城」である。
立花城は中世の山城で、久万大除城の出城として総津地区に築かれた。その城主大野氏には芳我台という男勝りの娘がいたと言われている。
民話
1586年、立花城が敵の攻撃により落城(1)した際に芳我台は逃げ延び、その後の関ヶ原の戦いで武勲をたてた。その褒美に馬の角とご神体をもらい村に戻ってきたものの、芳我台のことを恐れた村人に襲われ、片目を失った芳我台は自害した。
そもそも芳我台が実在したかどうかは定かではないが、その逸話は「大洲随筆」や「大洲旧記」などにも残されている。また、褒美の馬の角が仙波地区にある正八幡帝王神社に奉納された記録が残っていたり、芳我台を祀った墓があったりとその存在に触れられる場所は多く、歴史ロマンを感じることができる。
千人塚と小米桜(こごめざくら)
立花城にまつわる民話は他にもある。
民話
立花城での戦いで敗れた兵士たちはコクゾ峰(2)の中腹へ逃げたが、休んでいたところを再び敵に襲われ、そこで兵士の多くが命を落とした。そこから命からがら逃げ出した兵士の1人はコクゾ峰の尾根を登ったところで息絶えた。
その時に杖にしていた桜の枝が尾根に根付いた。
(1) 落城については、長宗我部元親襲来説、豊臣秀吉の四国平定による下城説などがある。
(2) 総津・中野川・高市の3地区にまたがる標高824.7mの山。
戦場となった場所には兵士たちを祀った「千人塚」が建てられた。そして、尾根に根付いた桜は小ぶりの花をつけることから「小米桜」と呼ばれ、現在は砥部町指定文化財になっている。樹高17.3m、胸高幹周4.71mの大樹となった桜は、春には薄紅色の花を咲かせ、その花びらは千人塚で眠る兵士へと送り届けられている。
仙波ヶ嶽(せんばがたけ)の龍と白糸(しらいと)の滝の龍
仙波渓谷は「伊予十二景」の1つにも選ばれた景勝地である。清流が流れる渓谷には、春に山椿、初夏には紫陽花や石斛が咲き、秋には紅葉が岩肌を彩る。冬の雪景色も絶景であり、四季折々の景色を楽しめる。渓谷を望む休憩所や峡乃橋からはゆっくりと渓谷美を眺めることができ、甌穴に響く水音に心も洗われる。仙人や天狗がいたとの伝説もあるほど、神秘的な雰囲気が漂っている。
民話
仙波渓谷の深い淵には龍が棲んでいたが、その龍を鉄砲が上手な男がしとめた。その龍には仲の良かった権現山(白糸の滝)の龍がおり、怒った龍は人間を呪い病気を流行らせた。
もう1匹の龍が棲んでいたという権現山の麓では、毎年7~9月初旬まで清流を活かした「流しそうめん」が行われている。地元産品を使った手づくりの出汁が人気で、涼を求めて多くの人が訪れる。
九九(くじゅうく)王とアマノジャク
四国のいたるところに弘法大師の伝説が残るが、玉谷地区にある「三所権現」にも弘法大師にまつわる民話が残っている。三所権現は自然風化の岩山で、修験道の聖地である。
民話
三所権現を訪れた弘法大師は、一晩で岩山に穴を百個掘って権現様をお祀りしようとした。
そこへアマノジャクがやってきて、穴掘り競争をすることになった。どんどん掘り進んで百個まであと少しとなった時、このままでは負けると思った弘法大師はニワトリの鳴き声を真似た。夜が明けたと思ったアマノジャクは逃げて行き、弘法大師は九十九の穴に権現様をお祀りして再び旅を続けた。
不思議なことに、この勝敗がまったく逆の民話が久万高原町にも残っているそうだ。久万高原町の岩屋寺と三所権現は、似たような景観であり、そのため類似した民話が残ったか、もしくは伝承の過程でそれぞれ独自のものへと進化していったのかもしれない。これこそ、伝承文化の面白いところだろう。
ちなみに、玉谷地区では初夏にたくさんのホタルが山里を照らし、幻想的な雰囲気が漂う。
おわりに
民話の舞台をたどり、広田を巡る。ここには都会にはないどこか懐かしい日本の風景が各所に残っている。ちょっとした何げない風景にも感慨深いものがあり、そんな一コマすらも"知る人ぞ知る"観光地なのかもしれない。
国道379号から一歩脇道に入り、風や水の音、鳥の鳴き声など自然を体感できる静かな山村・広田で癒しの時間を過ごしてみてはいかがだろうか。
(國遠 知可)
- (補足と注意)
- 国道379号は整備改修され、アクセスしやすくなっており、松山インターからの所要時間は車で40分ほどである。各所へは案内標識があるが、山道も多いため運転にはくれぐれもご注意を!
- (参考文献・資料)
- 徳田留吉著「村の記憶」
- 砥部町編集・発行 「民話の里 ひろた物語」
コラム 広田の新名物?! ひろたスイーツ誕生
今年1月、広田地域の活性化を目的に「ひろた野菜&果物スイーツコンテスト2016」の最終審査が行われた。コンテストでは、広田で採れる農産物を使ったスイーツのアイデアを募集し、募集期間1ヵ月で40作品もの応募があった。
1次審査ののち、10作品が最終審査へと進み、グランプリに選ばれたのは地元広田在住の日野林志野さんが作った「いちじくのコンポートとコロコロ芋のカスタードパイ」である。上位3作品をはじめとしたひろたスイーツは商品化される予定で、早ければ3月中の道の駅での発売を目指している。ぜひ、生まれたばかりの新商品"知る人ぞ知る広田の味"も味わいに来てもらいたい。